テロリストvs 政府の秘密組織! 国際謀略小説の巨匠によるノンストップ・サスペンスを翻訳『キル・リスト』

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キル・リスト 上

『キル・リスト 上』

著者
フレデリック・フォーサイス [著]/黒原 敏行 [訳]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784041088821
発売日
2020/01/23
価格
946円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

キル・リスト 下

『キル・リスト 下』

著者
フレデリック・フォーサイス [著]/黒原 敏行 [訳]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784041088838
発売日
2020/01/23
価格
946円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

テロリストvs 政府の秘密組織! 国際謀略小説の巨匠によるノンストップ・サスペンスを翻訳『キル・リスト』

[レビュアー] 黒原敏行(翻訳家)

文庫巻末に収録されている「訳者あとがき」を特別公開!
本選びにお役立てください。

 フレデリック・フォーサイスの『キル・リスト』は、テロリスト狩りの話。例によってリアリティーたっぷりのスリリングな物語になっている。

 アメリカとイギリスで、過激なイスラム聖戦主義の信奉者による殺人事件が続発する。どの犯人も〈アルカイダ〉などのテロ組織とはつながりがない。イスラム諸国からの難民や移民として欧米社会で暮らしながら、疎外感にさいなまれる若者たちだ。彼らはみなインターネットを通して、個々人でテロを実行して殉教者となれと呼びかける説教師に扇動されていた。

 覆面で顔を隠し、流暢な英語で雄弁に語るこの説教師はいったい何者で、どこから憎悪をあおる動画を発信しているのか。

 当局が〈説教師〉の暗号名で呼ぶこの謎の人物を、アメリカ政府の秘密組織TOSAの一員で、〈追跡者〉の異名をとる男が追いはじめる。

〈説教師〉は広大なネットの海のどこにいるのか、まるで見当がつかない。これをどうやって捜し出すのか、というところから始まる人狩りは、いいところまで行って大きな壁にぶつかる。さあ、〈追跡者〉はどうするのか。そこからのストーリーの予想外の飛び方がじつに面白い。くわしくは述べないが、その題材でべつの小説が書けそうな新たなステージが読者の目の前に現われるのだ。

 本書はそう長くない作品だが、それぞれにくっきりと特色のある素材が四つか五つほど(数え方はいろいろだろうが)用意されていて、とても贅沢な気分を味わわせてくれる。

 またヒーローはアメリカ人であり、物語はアメリカ海兵隊を賛美するような内容になっているが、そこへ作者自身の祖国イギリスからもヒーローたちを参戦させて花を持たせるところなども面白い。

フレデリック・フォーサイス/訳:黒原敏行『キル・リスト 上』
フレデリック・フォーサイス/訳:黒原敏行『キル・リスト 上』

 ご承知のとおり、フォーサイスの小説はどれも現実世界の生きのいい素材を用いる。ここでいくつか現実との対応関係について書いておこう。

 まず西欧世界に生活の基盤を置くイスラム教徒が組織とは無関係に行なうテロは、〝ホームグロウン・テロリズム(国内出身者によるテロリズム)〟と呼ばれ、アメリカやイギリスを始めとする西欧諸国で現実に起きている。大規模なものでは、二〇〇五年にイギリスで五十六人の死者を出したロンドン同時多発テロや、二〇一三年にアメリカで三人の死者と三百人近い負傷者を出したボストン・マラソン爆破テロ事件がある。余談だが、訳者が本書を読んだのは二〇一三年の三月末で、二週間後にボストンでの事件が起きたときには、何か小説の世界と現実の世界が地続きのような感じがしたものだ。

 つぎに本書のタイトルになっている〈暗殺リスト〉だが、これはもちろん、一応、架空のものである。

 CIAのウェブサイトの〈よくある質問〉欄を見ると、「CIAは暗殺や麻薬取引を行なっていると非難されることがありますが、事実はどうなのですか」という問いに対して、「どちらもやっていません。一九八一年の大統領行政命令一二三三三号により、CIAが直接または間接に暗殺を行なうことは明確に禁止されています。この点は内部の法令遵守体制と連邦議会の監視によりきちんと守られています」とある。暗殺禁止令は一九七六年にフォード大統領が初めて出し、一九八一年にレーガン大統領が同じ趣旨の命令である一二三三三号を出して、それが今日でも効力を持っているのだ。

 だが、オバマ政権になってますます数多く行なわれるようになった無人機によるテロリスト殺害は、事実上の暗殺ではないかとも考えられ、もしそうなら、名称はともかく、〝キル・リスト〟は実際に存在していると推測する余地は充分あるわけである。

 つぎにアメリカの全軍と全情報機関を統轄して秘密作戦を主導するJ‐SOC(統合特殊作戦コマンド)だが、これは実在の組織である。アメリカ軍に複数存在する特殊部隊を統合して運用する機関で、スタンリー・マクリスタル中将も二〇〇三年から二〇〇八年まで司令官を務めた実在の人物だ。それが本書では〝公式には存在しないことになっている〟、〝なんでも好きにやれ〟る組織として描かれていて、アメリカ政府から苦情が来ないのだろうかと思ってしまうのだが、ともかくフォーサイスの推測にもとづく虚構ということになるのだろう。

 それに対してJ‐SOCの下にあるという実動組織のTOSAのほうは、間違いなく架空の組織で、じっさい、ネットで検索しても、フォーサイスのこの小説に関する記事以外は出てこない。

下巻
下巻

 フォーサイスは二〇一三年八月に本書が刊行されたとき、数年ぶりに講演やサイン会のためのツアーを行なった。それに関するインタビュー記事があるので、少しばかりご紹介したい。

 ツアーでじかに接する読者が一番知りたがるのは、どうやって小説の題材を見つけるのかということで、フォーサイスの返事は、「取材だよ、取材!」だそうだ。

 本書の場合、取材に出かけた先は、アメリカ政府の秘密機関が数多くあるヴァージニア州と、イギリス国内、というあたりは、まあそうだろうなという感じだが、なんとモガディシュへも行ってきたという。モガディシュのことは本書内に出てくるのでここでは触れないことにするが、取材はかなり危険なことだろう。あるものを見たかったそうだが、ヨーロッパ人は誘拐される危険が大いにあるので、ボディーガードを一人連れて、さっと行ってさっと帰ってきたという。

 本書の発想源は何かという質問には、新聞やテレビでよく〈アルカイダ〉などのメンバーがミサイル攻撃で殺害されたというニュースが報じられるが、標的となるテロリストをどうやって見つけるのかに関心を持ったと答えている。

 仕事のしかたは、毎日朝六時から正午まで執筆し、一日最低十ページ書く。昔はこれを週に七日やったが、今は歳をとったので週六日。それを六週間から八週間続けると、原稿ができあがり、くたくたになっている。

 コンピューターは得意かと訊かれたときは、ノーと答えている。アイパッドは持っているが、メールとグーグル検索をするだけで、執筆はタイプライターで行なう。いわく、「タイプライターはハッキングされないからね」。

 引退を考えないかというと、一冊書き終えるごとに、「これが最後の本だ!」と思うそうだ。じっさい、われわれ日本の読者も何度かの引退宣言で悲しい思いをさせられたものだ。本当に引退したくなるのだが、しばらくするとまた興味を惹かれる題材が見つかってしまうとか。

 そして二〇一八年、嬉しいことに最新作『ザ・フォックス』が発表された。すでに引退して老境に入っている元イギリス秘密情報部員が、天才ハッカーという秘密兵器を得て現代的なサイバー戦で世界の平和のために戦う痛快な国際謀略サスペンスである。本書刊行から間を置かずにお届けできる予定なので乞うご期待。

二〇一九年十二月
黒原 敏行

▼フレデリック・フォーサイス『キル・リスト(上巻)』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321907000749/

KADOKAWA カドブン
2020年4月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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