<東北の本棚>異郷の地で杜氏が奮闘

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福島で酒をつくりたい

『福島で酒をつくりたい』

著者
上野 敏彦 [著]
出版社
平凡社
ジャンル
工学工業/その他の工業
ISBN
9784582859348
発売日
2020/02/17
価格
968円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<東北の本棚>異郷の地で杜氏が奮闘

[レビュアー] 河北新報

 海辺の小さな蔵で造られた銘酒は、浜の男たちや町民に愛された。福島県浪江町の鈴木酒造店が手掛ける「磐城壽(ことぶき)」。江戸末期に創業した蔵元の鈴木家は東日本大震災の津波で酒蔵などが全壊し、東京電力第1原発事故で避難を余儀なくされた。
 本書は、長井市に醸造拠点を移し酒造りを再開させた鈴木家の物語。鈴木大介さんと荘司さんの兄弟杜氏(とうじ)を中心に、一家の足跡をたどる。望郷の思いを抱え、新天地で踏ん張る姿を紹介した。
 一家は震災後、米沢市に避難した。2011年4月、会津若松市の研究機関が蔵独自の酵母を保存していたことが分かり、大介さんは酒造りの再開を決意。福島県南会津町の酒造会社の一角を借り、荘司さんと磐城壽の純米酒を仕込む。出荷し、各地に避難した浪江町の仲間を励ました。
 同年10月、廃業した長井市の東洋酒造の施設を譲り受けた。「早く再開し、浪江の人たちに酒を届けたい」「福島県外に出ず、郷里の人々と苦楽を共にしたい」。兄弟はぶつかるが、6代目当主の父市夫さんが移住を後押しし、酒造りを本格化させた。
 異郷の地での挑戦を本書は丹念に伝える。兄弟は磐城壽に加え、東洋酒造の看板銘柄「一生幸福」を復活させ、全国新酒鑑評会で金賞受賞の快挙を果たした。毎年3月11日に発売する「甦(よみがえ)る」は長井市民と避難者が一緒に育てた米を使い、山形と福島の人々をつなぐ。震災の犠牲者を思う献杯酒や浪江産の原材料で造る酒など、古里への思いを込めた新銘柄も誕生した。
 鈴木酒造店は浪江町で建設中の道の駅の施設で酒造りをする計画を立てているという。古里での活動再開で、新たな物語が生まれそうだ。
 筆者は共同通信宮崎支局長。「新編 塩釜すし哲物語」など著作多数。
 平凡社03(3230)6573=968円。

河北新報
2020年4月19日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河北新報社

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