『私にとっての介護』
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私にとっての介護 岩波書店編集部編著
[レビュアー] 北原千代(詩人)
◆「裸の人間」晒して生きる
執筆者の顔ぶれは多彩で、タレント、作家、重度障害のある国会議員など四十人。介護に関する著書を持つ人も多く、葛藤を越えて見えてきたところからの発信には説得力があり、何度もうなずく。自らの障害、親や配偶者、病気を持つ子の介護やケアをどのように受け止め、人生の一部として引き受けていくか、一人ひとり顔が違うように容体も千差万別、共倒れにならないための工夫や方策もまた一通りではない。
万事につけうろたえやすいわたしは、もしも両親の介護の真っ最中にこの本に出会っていたら、いったん深呼吸できたのではないか、と思う。「介護には、どんなに軽度でも、さまざまな身体疲労と精神的な葛藤がつきまとう」。ノンフィクション作家沖藤(おきふじ)典子さんの何げない一文に、心を慰められた。
ほんのわずかな自宅介護の経験だが、介護とは、する人もされる人も「裸の人間」が晒(さら)される場だと実感した。土壇場で頼りにしたケアマネジャーさんには、ずいぶん助けていただいた。介護の仕事に携わる人たちが家庭に出入りするようになり、家にも人にも風が通り、息が通った。
父は自宅で転倒し右肩骨折、そのあと誤嚥(ごえん)性肺炎を患って入院し、二カ月間の絶食で骨と皮ばかりにやせ細って全くの寝たきりになったが、それでも尊厳を保ち、自ら望み病床洗礼を受けて、十日後に召された。父からもらったもののうち命に次いで大切なプレゼントは、父が見せてくれた老いと、その最期の日々だった。重度障害のある舞踏家・演出家の金滿里(きむまんり)さんは、自立とは社会に迷惑をかけない状態ではなく、ありのままの状態の存在自体で自立しているのだと明言する。立場も状況も異なるが、最晩年の父の記憶と重なった。
頭部手術後の母が老人ホームへ入居し、少しだけ落ち着いて、今これを書いている。わたしはまたうろたえ、いろいろな人に助けてもらって母を見送るだろう。差し伸べる手と受ける手はどこかで交わり、引き継がれていくのだなと思っている。
(岩波書店・1870円)
小山明子、木村英子、野田聖子、樋口恵子、山本譲司、永田和宏ら40人。
◆もう1冊
樋口恵子編『介護 老いと向き合って-大切な人のいのちに寄り添う26編』(ミネルヴァ書房)