【聞きたい。】金子信久さん 『かわいい江戸の絵画史』
[文] 黒沢綾子
■「リアル」から「ゆるさ」まで
いまや国際語ともいわれる「かわいい(Kawaii)」をキーワードに、日本美術をひもとく展覧会や書籍の刊行が目立っている。先鞭(せんべん)をつけたのが平成25年、府中市美術館(東京)で開かれた「かわいい江戸絵画」展。担当学芸員としては、覚悟のいる企画だったそうだ。
「美術をつかまえて“かわいい”とは何事だと、美術関係者からは非難轟々(ごうごう)だろうと思いましたから…」。フタを開ければ10、20代の来館が目立つなど、広く好評を得た。アカデミックで近寄り難い印象だった古美術への、親しみやすい入り口となった。
日本美術史において「かわいい絵画」が本格的に花開いたのは江戸時代。「武家や公家、寺社のものだった美術を町人も飾って楽しむようになり、彼らの感性に合った新しい美が求められたのです」。権力者好みの豪壮さとは異なる、新しい美の一つが、「かわいらしさ」を愛(め)でる絵だった。
本書では、かわいいものがどう表現されてきたかを考える上で重要な画家7人(俵屋宗達(たわらや・そうたつ)・伊藤若冲(じゃくちゅう)・与謝蕪村(よさ・ぶそん)・円山応挙(まるやま・おうきょ)・歌川国芳(くによし)・長沢蘆雪(ろせつ)・仙●義梵(せんがい・ぎぼん))に注目。彼らの表現手法やモチーフなどをたどり、一つの美術史として捉える趣向となっている。見渡すと、「かわいい」にはいろいろあるらしい。
「若冲は単純化とデフォルメにより遊び心のあるかわいい水墨画を描き、応挙は子犬など、かわいい題材をリアルに再現した。文人画家の蕪村は、現代のヘタウマに通じる描写のぎこちなさが持ち味。その朴訥(ぼくとつ)さが見る人にかわいいと感じさせる。いずれも、当時の一流画家が本気でかわいい絵を描いたことがわかります」
同館は新型コロナウイルス感染拡大防止のため5月6日まで休館予定だが、「春の江戸絵画まつり ふつうの系譜」展(5月10日まで)にはかわいい絵も並ぶ。心穏やかに絵画鑑賞できる日を心待ちにしたい。(エクスナレッジ・1800円+税)
黒沢綾子
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【プロフィル】金子信久
かねこ・のぶひさ 府中市美術館学芸員。昭和37年、東京都生まれ。慶応大卒。『ねこと国芳』『もっと知りたい長沢蘆雪』など著書多数。
●=がんだれに圭