陰の主役は意外な人物!? スリリングな推理に引き込まれる「絵画史料論」!『岩佐又兵衛風絵巻の謎を解く』

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岩佐又兵衛風絵巻の謎を解く

『岩佐又兵衛風絵巻の謎を解く』

著者
黒田 日出男 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784047036437
発売日
2020/04/24
価格
2,640円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

陰の主役は意外な人物!? スリリングな推理に引き込まれる「絵画史料論」!『岩佐又兵衛風絵巻の謎を解く』

[レビュアー] 樋口州男(日本史家)

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(評者:樋口 州男 / 日本史家)

 本書には近世初期の画家岩佐又兵衛が中心となって制作された「又兵衛風絵巻群」についての最新の研究成果が盛り込まれている。著者は1980年代以降、絵画作品を史料として読むことに挑戦してきた歴史家で、今回もまた卓抜した読解の試みが展開されている。一方、重厚な内容でありながら読者をスリリングな謎解き=歴史推理の世界に誘い込んでくれる、実に魅力的な「楽しい」本となっていることも疑いない。

 プロローグからいきなり、絵巻がもっとも多く生み出されたのは江戸時代であることなど、「平安末~鎌倉期」といった教科書的常識からかけ離れた記述が目に飛び込んでくる。

 続いて本書における最大の謎、すなわち七点にも及ぶ又兵衛風絵巻群の物語を、その注文主がなぜ選んだのかが示される。注文主は二代将軍徳川秀忠の兄の子(家康の孫)で、また娘婿でもある越前藩主松平忠直。その忠直が、たび重なる異常行動によって、豊後国へ隠居(配流)となったとなれば、読者の関心はいよいよ高められていく。

 なお先の謎解きの楽しさをささえるものとして、随所にみられる「親切な」配慮をあげておきたい。具体的にいえば、基本的な絵巻の読み解き方をはじめ、又兵衛風絵巻群の詞書や絵画表現、多くの関連史料、さらにはそれらがこれまで美術史の分野でどのように読まれてきたかについての研究の流れなどが、平易な文章で懇切丁寧に紹介されていることである。こうした工夫の背後には、読者もまた謎解きに参加してほしいという期待が込められているようだ。

 著者の述べる絵巻読解の王道は、「まず詞書を読みつつ絵を見る」、「次に、絵を見ながら詞書を読み直す」、「そしてまた詞書を~」といった作業を繰り返し、それによって「詞書と絵の連関」のあり方、「詞書と絵画表現の相互作用」をはっきりさせることにある。この読解法に導かれながら、先に進もう。

 まずI章では又兵衛風絵巻群の注文主として前著『岩佐又兵衛と松平忠直』で提示された仮説=越前藩主松平忠直説をより確実にするため、「料紙」=キャンバスに注目する。それはどのようなもので、なぜ手がかりになるのか。

 II章では『山中常盤』、III章では『上瑠璃』が読解対象となっている。ともに御曹司牛若が主人公で、前者は牛若が美濃国山中宿で盗賊に殺害された母の常盤御前とめのとの侍従の仇討をする話である。一見、単純な仇討の話だが、著者は詞書中、侍従=「めのと」が繰り返し強調されていることに着目する。

 後者の前半は三河国矢矧宿での浄瑠璃姫と牛若の恋物語、後半は駿河国蒲原宿近くの吹上浜で果てた御曹司を、姫とめのとの冷泉が蘇生させる話である。ここでも問題となるのは「めのと」である。とくに後半部ではめのとの冷泉に主人公的役割すら与えられているとする。

 「めのと」に注がれる目は、IV・V章の欠巻本『堀江物語絵巻』とその改作絵巻『堀江巻双紙』において一段と鋭さを増す。二つの『堀江』は、無念の死を遂げた下野国の領主堀江三郎夫婦の若君月若が成長して両親の仇を討つ話である。「両絵巻は敵討・恋愛、夫婦の絆と妻の貞節そして母子愛を主題とし」ているが、この物語の展開過程で、若君の「めのと」六条がきわめて重要な役割を果たしており、さらに物語には堀江三郎の「めのと」一族と、敵の国司の「めのと」一族による対立・抗争の物語も張りついているという読解は、説得力に富む。

 それではなぜ注文主松平忠直は、ここまで「乳母」と「養君」の物語に興味・関心をもったのか。そこで忠直の前半期の人生がクローズアップされてくるが、この謎解きは言わぬが花として、ここではエピローグでの、そうした注文主の好みが、実は近世初期の政治史にも関わるという指摘に触れておきたい。具体例としてあげられているのは、慶長20(1615)年の大坂城陥落のさい、淀殿・秀頼に殉じた乳母・乳母子たちの存在である。又兵衛風絵巻群がなぜ大坂落城にまでつながっていくのか。興味は尽きない。

 当然のことながら、本書には美術史学の成果に対する言及が多い。そこで思い起こされるのは、著者が1986年に出版した『姿としぐさの中世史』(平凡社)の中で、当時、大きな励ましとなったという美術史の大家パノフスキーの言葉を引きながら記している次の一節である。「この本でなされたような『絵画史料』の読解と分析の試みが、『補足的なものとして相互に役立つのではなく、同じ土俵の上で』将来、美術史学とあいまみえる機会を持てるようになりたいと思う」。美術史学に対する敬意のこもった強い思いが伝わってくるようである。

陰の主役は意外な人物!? スリリングな推理に引き込まれる「絵画史料論」!『...
陰の主役は意外な人物!? スリリングな推理に引き込まれる「絵画史料論」!『…

▼黒田日出男『岩佐又兵衛風絵巻の謎を解く』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321712000268/

KADOKAWA カドブン
2020年4月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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