ハードボイルドタッチの“長谷川平蔵”シリーズ第四弾

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

平蔵の母

『平蔵の母』

著者
逢坂 剛 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784163911496
発売日
2020/01/24
価格
1,925円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

ハードボイルドタッチの“長谷川平蔵”シリーズ第四弾

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

 逢坂剛の“火付盗賊改・長谷川平蔵”シリーズ第四弾である。

 表題作などその題名から、お涙頂戴ものかと思いきや、ハードボイルドタッチで知られる逢坂版“長谷川平蔵”のこと、涙を流す暇(いとま)とてなく、平蔵の母を名乗る老婦を擁する一味と丁丁発止とやりあっている。但し、四十四ページから四十五ページにかけての平蔵の台詞に、一寸、乾いたセンチメンタリズムを読みとることが出来る。

 この一巻の中で最もハードボイルドタッチが冴え渡っているのは、中篇「せせりの辨介(べんすけ)」であろう。小判などにはほとんど興味を示さず、骨董品欲しさに盗賊の一味に加わっていたものの、いまでは古物商を営んでいる“ばってらの徳三”。その首根っ子を押さえた平蔵が、彼に密偵まがいの仕事をさせる。ところが徳三は火付盗賊改につなぎをつけようとして、あっさりかつ無残に殺されてしまう。それでも物語は淡々と進められてゆくのである。むむ、と唸りながら読んでいくと、次なる「旧恩」では、一転して、この題名に二重の意味が込められており、ハードな物語の後にほっと一息、人間というもののおかし味を味わわせてくれる。

「旧恩」もそうなのだが、続く「隠徳」では、長谷川平蔵が、作中人物に本人が合点がいっていない人生の絵解きをしてやる物語で、こういうストーリーを描く時は、ハードボイルドタッチは影をひそめ、作品は枯淡の境地へ読者を誘ってくれる。

 そして、恐らく「深川油堀」はこの一巻の中で最も派手なクライマックスが待っている作品で、映像にしたら、さぞかし映えることだろう。

 この一巻も、あと一篇、「かわほりお仙」で幕となるが、ラストで登場する三年間も釘で板に打ち留られていたこうもり(!)の挿話が何ともいえぬ色彩(いろどり)をこの作品に与えている。それは決してノワールなものではなく、ハードボイルドが悲哀と紙一重なことをよく伝えている。

新潮社 週刊新潮
2020年4月23日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク