初の短編集『透明人間は密室に潜む』全作解説と、これまでとこれから――『透明人間は密室に潜む』著者新刊インタビュー 阿津川辰海

レビュー

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透明人間は密室に潜む

『透明人間は密室に潜む』

著者
阿津川辰海 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334913458
発売日
2020/04/22
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

初の短編集『透明人間は密室に潜む』全作解説と、これまでとこれから

[レビュアー] 阿津川辰海(作家)

 デビュー作の『名探偵は嘘をつかない』に出てくる名探偵・阿久津(あくつ)は、ある程度までステレオタイプなキャラクターとして設定していました。私自身はいわゆる名探偵よりは、事件に巻き込まれて、その場限りで主人公が探偵役をするような素人(しろうと)探偵もののほうが好きなんです。ですが、刊行されたら、「名探偵」というフレーズに引っかかってくれた方が多くいるのがわかって。一方で『星詠師(せいえいし)の記憶』は、「名探偵」をはじめとした読者に興味を持ってもらえるようなフックが少なかったからなのか、反響が地味だった(笑)。『星詠師』は、自分の好みとしては、長さやバランスも含めて理想的な形にできたと思っているのですが。プロットも一直線ですっきりと解決している話ですし。今回、『紅蓮館(ぐれんかん)の殺人』で反響をいただいてみると、思いもよらない方向から感想が届いたりするんです。講談社タイガという刊行したレーベルの特性なのか、必ずしも本格ミステリや謎解きメインではない読者からの感想が多くいただけて。そういう方々から、「あのキャラクターがいい」とか「館(やかた)モノはいい」というような反応があるのは、やっぱり嬉しかったですし、同時に「恐いな」とも思いました。多くの人の目に留まる、ってそういうことだよな、と。本格ミステリ大賞へのノミネートもそうですね。さあ、何を言われるだろう、と思いながら結果を待っています。

 求められているものを求められているように書かないと、残っていけないのかな、と思うこともあります。言ってもまだ二十代ですので、時代に置いていかれたくはないんです(笑)。今、何が流行(はや)っているのか、求められているのかはチェックしていきたいと思っています。もちろん、自分の中で理想とする形は、流行りとは別にあります。こだわりは強い方だと思います。長編は作品ごとに、自分なりの裏テーマを設定していて、『名探偵』は「私の好きなミステリ全部」、『星詠師』は「私の好きな昭和ミステリ」、『紅蓮館』は「私の好きな新本格ミステリ」です(笑)。ですから、流行りを意識したとしても、創作の姿勢はそんなにブレていないのではないか、と思います。こだわりは強いけれど、時代に置いていかれたくはない、ということで(笑)。

 もともと私は短編を読むのが大好きで、個人短編集もアンソロジーもいろいろと読んできました。いつもこれから読みたい短編集を家に常備していたくらいで、こだわりをもっています。今回頼まれたので、個人的なミステリ短編集のベスト10を選んでみました(下表)。シリーズものとノンシリーズで五本ずつ取ってみましたが、中村雅楽(なかむらがらく)は全集なので反則かな(笑)。特にノンシリーズの短編集には憧れがあって、最近だと深緑野分(ふかみどりのわき)さんの『オーブランの少女』や青木知己(あおきともみ)さんの『Y駅発深夜バス』、ミステリではないですがルシア・ベルリンの『掃除婦のための手引き書』のような短編集は、一冊でその作家のいろんな世界を味わえるので、大好きなんです。今回の短編集は、四編全部まったく違った話を書いて、一冊にまとめさせていただきました。読み返してみて、達成感がありますね。

 表題作「透明人間は密室に潜む」を構想したときは、「短編はシリーズものじゃないとダメなのかな」と思ったりもしていたので、異種族人間が登場する特殊設定の連作本格ミステリの一作目として考えていたんです。ノンシリーズ短編集に憧れていたにもかかわらず(笑)。透明人間の次は吸血鬼を予定していたんですけど、打ち合わせの時に、編集者に「この設定、この一作で使い潰すつもりでやってくれ」と言われて、内面の迷いを見抜かれた、と(笑)。「透明人間」をやってみようと思ったきっかけは、クリストファー・プリーストに私の大好きな長編がありまして、その作品の趣向に触発されたことです。あとは、透明人間が何かをやろうとしてうまくいかない、というのは、倒叙のネタになるな、と。この作品はSFミステリですが、私は、本当にいいミステリは、ミステリを書きながら社会を書けると思っているので、SF設定があることで社会がどうなっていくかも書いてみたい、と思っていました。透明人間がいる世界なら、社会はどのように対応して、共存しているのか、という設定作りを最初にすごく詰めました。

「六人の熱狂する日本人」は、法廷ものをやろうと思って考えました。法廷もののなかでも、『十二人の怒れる男』をはじめ陪審員もので面白い作品が多いので、裁判員制度の話にしよう、と。ただ、そのままやっても面白くない。それで、そもそも裁判員はどのように選ばれるのかから、大学の法学部の図書室でかなり調べたんですよ。そのときに、六人の裁判員全員が濃度の違うオタクで、オタクの起こした犯罪を審理するとしたら、これはさすがに見たことがないし、オフィシャルな場所でのやりとりがどんどんねじれていくことになるので、面白くなるだろうな、と思いつきまして。筒井康隆さんの『12人の浮かれる男』という作品が私は好きで、読み返してみると、『怒れる男』で書かれている手がかりを、いちいち全部茶化しているんですよ。とにかく笑える作品で。あの感じを目指したかったんです。ユーモア・ミステリをやってみたいという気持ちもあって、裁判員が全員オタクでも、自分語りとか自虐的な話ばかりになってしまうと、ついてこられない読者も出てくるでしょうから、どのようにカリカチュアして、面白く楽しく書けるかにかなり気を遣いました。作品の冒頭で、判事がケーキを裁判員に振る舞うシーンが出てきますが、これは実話です。奥さんの手作りなら賄賂にはならない、ということで。裁判員がお互いを番号で呼びあうのもそうです。ディテールはリアルに見えるようにこころがけました。

「盗聴された殺人」は、何か特技を持った探偵を使った短編を書いてみたいと思っていたのと、その場合に「耳がいいってあんまりないよな」と。それで、聴力が図抜けている探偵という設定ができました。映像やラジオのように音が聞こえるメディアのほうが扱いやすい設定だとは思うんですが、やはりこうした特殊設定があると人間は、社会は、どうなるかも書きたいと思いまして。この作品は「ジャーロ」に掲載した初出から大きく改稿しているんですが、「ジャーロ」版では、耳がいいという特性を持った探偵が、それをどう受け止め、どう悩んだかを、かなり掘り下げて書いていました。でも、重くなり過ぎちゃって、読み返してみると、「エンタテインメントとして楽しくないな」と感じてしまいました。軽快さに欠けるところがあって。耳がいいまま、この探偵は二十何年生きてきているわけですから、悩む部分はあっても、乗り越えてきているだろうし、そんなに重くしなくてもいいだろう、と。それで、どちらかというと特殊設定が存在する社会よりも、その特長を持った主人公をどう動かしていくかに意識をシフトさせて書き直したような気がします。結果、「ジャーロ」版よりも鼻っ柱の強い人物造型になりました。気の強い女性が好きなので、どうしてもこうなってしまうというか(笑)。

「リアル脱出ゲーム」がなければ、「第13号船室からの脱出」は生まれていません。高校三年の頃から大学生にかけて、友人とよく行っていました。『進撃の巨人』や『宇宙兄弟』、『逆転裁判』とのコラボイベントが印象に残っています。最近はあまり行けていないので、作中のディテールは、最新のイベントと比べると少し古いかもしれません。体験型のミステリイベントは他にもありますが、私は「リアル脱出ゲーム」が最初です。こうしたイベントを大衆化して、誰でも参加できるようにしたのが「リアル脱出ゲーム」なのだと思います。推理小説の読者は犯人を特定する精緻なロジック、大胆なトリックに魅力を感じていると思いますが、「脱出ゲーム」のお客さんは、個々のパズルはもちろんのことですが、それ以上に張りめぐらされた伏線や大胆な手がかりをうまく使った「一点突破の爽快さ、切れ味」を楽しんでいるように感じるんですね。この作品は、ゲームの途中で誘拐事件が起きてしまう話なんですけど、先にゲームの問題をすべて作りました。ゲームの全体像が先にあって、タイムスパンも決まっていて、登場人物の動きも事件の流れも、全部ゲームが進む中に入れ込もう、と。事件の必然性があるように作るのに気を遣いました。ちゃんとした会社が運営している設定なので、普通なら事件に気づくはずですし、気づいたらイベントをそのまま続けるとは思えないんですよ。そのあたりの仕掛けは難しかったですね。「リアル脱出ゲーム」って、お客さんは観客でもあるんですけど、参加者という要素のほうが大きいように思います。実際に事件の現場に入っていますし、参加者であることが伏線として機能することもあるんです。ですから、読者に参加している気分になってもらえるように、と思って書きました。主要人物三人だけでは、「脱出ゲーム」は回らないから、しょっちゅうゲームに突っ込みを入れ続けている大学生コンビを設定したりして。

 短編は今後も書きたいですね。どこかに謎解きの要素が入った作品を書きつづけていくつもりですが、ジャンルや味付けという意味では違うところにいきたいという思いもあって、人生の成熟度が上がれば、ハードボイルドやクライムノベルもやってみたいですし、ユーモア・ミステリももっと書いてみたいと思います。ミステリというレイヤーの中には、いろんな味付けのものがあるんだよ、ということを示していきたいですね。

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阿津川辰海
(あつかわ・たつみ)
1994年、東京都生まれ。東京大学卒。2017年、光文社の新人発掘プロジェクト「KAPPA-TWO」の第1弾として『名探偵は嘘をつかない』でデビュー。本格ミステリ・ベスト10の第3位にランクインする。次作『星詠師の記憶』は6位、三作目の『紅蓮館の殺人』は3位。同作は第20回本格ミステリ大賞にもノミネートされている。

光文社 小説宝石
2020年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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