『パリの砂漠、東京の蜃気楼』
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【聞きたい。】金原ひとみさん 『パリの砂漠、東京の蜃気楼』
[文] 喜多由浩(産経新聞社 文化部編集委員)
■ある種の視点 身に付けた時間
2年前の夏、6年間暮らした仏パリから東京へ帰ってきた。2つの街での日々をエッセー風に描く。それぞれで味わった思いを込めたタイトルが絶妙だ。
「『砂漠』のようにキツかったパリ。東京は楽しいけれど『蜃気楼(しんきろう)』みたく実体がない。両方のイヤな所、イイ所がよく見えるようになった。そのコントラストが、うまく書けたかなと思っています」
日本に閉塞(へいそく)感、生きにくさを感じ、逃れるように行ったパリ。当初はフランス語も分からず、幼子を抱えて辛いことが多かった。多発するテロの恐怖に震え、自分の担当以外は知ったこっちゃないと平気で嘯(うそぶ)くフランス人に辟易(へきえき)した。
本書には「(日本に)帰国してよかったと思うこと」について、夜遅くまで1人で飲める▽24時間営業のファミレス▽玉ねぎが腐っていない−などを挙げている。「パリでパックの玉ねぎを買うと大抵1つは腐っているんです。それが分かると、次は注意して買うようになりますよね」
一方で、フランス人は自由な感覚を持ち、さまざまな民族が暮らし、多様な価値観を認め合う。
日本のイヤな所は、杓子(しゃくし)定規な学校や会社の規則、くだらないテレビのバラエティー番組。そして、中高年男性の横暴な態度。
「コンビニのレジで中年のオジさんが店員にぞんざいな言葉を平気で使うのを見てドキッとしました。この人だけかと思ったらまた次の人も…。パリにも粗暴な人はいます。だけど、あくまでアル中などの“特別な人”だけですよ」
パリでは、ゆったりとしたペースで仕事ができたが、現地の価値観になじんでゆくにつれて、だんだんと(日本の)読者のことが想像しづらくなっていることに不安も感じた。
「(パリの)6年間は、ある種の視点を身に付けるのに必要な時間だったと思う。2、3年なら短かっただろうし、10年いたらもう帰れなかったかも。ちょうどよかったのかな」(ホーム社・1700円+税)
喜多由浩
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【プロフィル】金原ひとみ
かねはら・ひとみ 昭和58年、東京都出身。平成16年『蛇にピアス』で芥川賞受賞。24年パリへ移住。30年帰国。