『恋愛未満』
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恋愛未満
[レビュアー] 篠田節子(作家)
普通の人生において、感情の昂(たか)ぶりと性的興奮を伴う「恋愛」状態にいるのは、花火どころか火花のような一瞬に過ぎない、といい歳(とし)になるとしみじみ思う。
結婚したり特定のパートナーを得たりした後にそんな状態に陥れば、たちまち「事件」「案件」になって(小説で書いただけでも叩(たた)かれる)、最悪、人生を棒に振る。たとえ未婚でも、パートナー探しの力点を「安定した明るい家庭を共に築ける人」に置いて、「お人柄」を重視した瞬間、恋愛の要素はかなり排除される。
一方、見回せば、恋愛に至らぬ微妙な関係はたくさんある。たとえばコミュ力が異常に高い女に翻弄される不器用男子、たとえば小さな組織を長年協力して運営してきた夫婦より夫婦らしい幹部職員、「この一瞬のために生きている」アイドルの追っかけ、などなど。そんな現実を目にするたびに、ロミオとジュリエットになりえない男女の話が面白いのではないか、などと思った。
恋愛とは言いがたい関係だから、日常のそこかしこに転がっている。
恋愛とは言いがたい関係だから、軋轢(あつれき)と混乱が生じる。
題材は身近過ぎるところにいくつも落ちていた。
それを拾い上げると、登場人物たちが勝手に動き出した。
現代版「紫の上」の顛末(てんまつ)。
「男女間に友情は成立するか」という古典的な問いが平和な家庭に持ち込まれたとき。
極限状態(それがどんなものかは読んでのお楽しみ)に置かれた女の前に白馬の騎士が現れて……。
微妙な関係の微妙な話ばかりだが、それを文学的に表現しようなどという色気はない。
いるいる、こういう人、こんなことってあるよね、と大いに下世話な楽しみ方をしていただければありがたい。