『絶対猫から動かない』
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作者何十年ぶりかのド直球エンターテインメント
[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)
新井素子の初期長編『いつか猫になる日まで』がコバルト文庫から出たのは1980年のこと。それぞれ特殊な能力を持つ6人の若者が、不思議な夢をきっかけにチームを組み、地球を救うために奮闘する―という話だが、それから40年の歳月を経て、『いつ猫』50代バージョンとも言うべき本が出た。2段組640ページの超大作、その名も『絶対猫から動かない』(略して『絶猫』)。
主人公の一人、大原夢路は56歳。大手出版社の校正者だったが、両親の介護のために退職。認知症の義父母の存在ものしかかり、将来に大きな不安を抱えている。平日の昼間、親友の冬美と都心の展覧会に出かけた帰り、夢路はちょっとした事件に遭遇する。練馬区を走る地下鉄が地震で緊急停止。数分で動き出したものの、急病人が発生し、次の駅で下ろされて病院に搬送されることに。
そう珍しくもない些細な出来事のはずだったが、なぜかこの車両に乗っている夢をくりかえし見始める。しかもその夢の中には、人間の生気を喰らうらしい、謎の存在が……。
やがて、その車両にたまたま乗り合わせていた人々が同じ夢を共有していることがわかってくる。初孫の誕生を楽しみにしている61歳の囲碁好き。54歳の総務部次長。バスケ部の遠征帰りの女子中学生12人と顧問の女性教師。彼らは現実世界で連絡をとりあい、奇妙な共同戦線を張ることに……。
強いて分類すれば超自然ホラーだが、真ん中あたりで、謎の存在“三春ちゃん”が、「それでは、ゲームを、始めましょうか」と宣言。小説は一種のサバイバル・サスペンスに突入する。新井素子がこんなド直球のエンターテインメントを書くのは何十年ぶりか―と思いながら読んでいると、さらに思いがけない展開が待ち受ける。著者と一緒に年を重ねてきた同年代の読者としては、40年経っても変わらないテーマ性と、人生観の変化が感慨深い。