コロナの時代の僕ら パオロ・ジョルダーノ著、飯田亮介訳

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コロナの時代の僕ら

『コロナの時代の僕ら』

著者
Giordano, Paolo飯田, 亮介, 1974-
出版社
早川書房
ISBN
9784152099457
価格
1,430円(税込)

書籍情報:openBD

コロナの時代の僕ら パオロ・ジョルダーノ著、飯田亮介訳

[レビュアー] 仲俣暁生(文芸評論家、編集者)

◆感染症と人 数学的に解く

 昨年末に確認され、いまなお世界中で猛威をふるうウイルス感染症COVID(コビッド)19が、欧州で最初に広まったのはイタリアだった。二月には多くの都市がロックダウンされるなか、ある新聞に発表された「混乱の中で僕らを助けてくれる感染症の数学」という記事が大きな反響を呼んだ。

 これを書いたのは小説家のパオロ・ジョルダーノ。『素数たちの孤独』で二〇〇八年にデビューし、国内だけで二百万部以上の売り上げを記録したベストセラー作家である。本書はこの文章を原型として、二月末から三月四日にかけて書き継がれた二十七本の短いエッセイをまとめ、緊急出版したものだ。さらに日本語版には、後に発表された「コロナウイルスが過ぎたあとも、僕が忘れたくないこと」という文章が「著者あとがき」として追加されている。

 外出を禁じられた空白の時間にこれらの文章を書き継いだ狙いは二つあると著者は言う。一つは災厄への「予兆」のなかで「すべてを考えるための理想的な方法」を見つけること。もう一つは、それが「人類に何を明らかにしつつあるのか」を見届けることだ。

 この感染症の危険性を、さまざまな例を挙げて数学的に解説する序盤は、物理学を専門に修めた人だけあって、実にわかりやすい。感染症とは何か。それは「関係を侵す病(やまい)」である。世界中の人やモノが緊密にネットワークされるなか、感染症はまさにネットワークに沿って蔓延(まんえん)し、感染を恐れる人々からつながり自体を奪ってしまう。

 だが本書の真骨頂はその先にある。つながりが奪われたなかにあって、著者は「誰も一つの島ではない」というジョン・ダンの詩を思い浮かべ、旧約聖書「詩篇」の一節から「数える」という行為について思索をめぐらせる。この本が稀有(けう)な魅力を湛(たた)える理由は、人文知と数理的な思考が短いテキストのなかで融合し、血肉化されているところだ。「僕は忘れたくない」という印象的なリフレインをもつあとがきは、未来に向けての切なる祈りを込めた、見事な一篇の「詩」である。

(早川書房・1430円)

1982年生まれ。小説家。素粒子物理学専攻。著書『兵士たちの肉体』など。

◆もう1冊

パオロ・ジョルダーノ著『素数たちの孤独』(ハヤカワepi文庫)。恋愛小説。

中日新聞 東京新聞
2020年5月3日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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