デビュー10周年記念 朝井リョウ×石田衣良 デビュー時にも対談したお二人が今の出版界に思うこととは? 

対談・鼎談

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発注いただきました! = Thank you for ALL orders!

『発注いただきました! = Thank you for ALL orders!』

著者
朝井, リョウ
出版社
集英社
ISBN
9784087716993
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

デビュー10周年記念 朝井リョウ×石田衣良 デビュー時にも対談したお二人が今の出版界に思うこととは? 

[文] 集英社

きらきらを書き続けていく

朝井リョウ、石田衣良
朝井リョウ、石田衣良

朝井リョウさんの新刊『発注いただきました! 』は、「企業とのタイアップや他の作品とコラボして書いた文章」をまとめたもので、発注されたテーマに沿った小説、エッセイが収められていて、これまでの朝井作品とはひと味もふた味も違った味わいのある作品集です。この本をまとめるに当たり、朝井さんは「実現するのは、デビュー十周年のタイミングしかないのではないか……!? 」と思われたそうです。
そこで、朝井さんが『桐島、部活やめるってよ』で小説すばる新人賞を受賞したときに本誌(二〇一〇年二月号)で対談していただいた石田衣良さんと、当時と同じ、廃校となった中学校の教室で話をしていただきました。
教室内の様子はほとんど十年前と変わっておらず、まるでタイムスリップしたかのような感じで話が始まります。

朝井リョウ、石田衣良
朝井リョウ、石田衣良

この十年、
よく頑張ってきたな

石田 変わってないね、この東京の中の過疎感というか……。

朝井 いろいろと思い出しますね。

石田 たしか対談の最後で、朝井さんが「コンスタントに書いていけるかどうかわからない」といって、ぼくは、とにかく「やっちゃえばいいんじゃない」といったんですよね。

朝井 「じゃ、やっちゃいます」って、雑な返ししてましたね、当時の私……。

石田 ぼくも三年前にデビュー二十年目を迎えましたけど、今の出版界の状況を考えると、この十年、お互いよく頑張ってきたなって感じですよね、本当に。

朝井 十年という時間で、すごくいろんなことが変わるんだなと改めて思いました。デビューした頃にも、これからの出版界は大変だといわれましたけど、この十年でそういわれる頻度が圧倒的にふえた気がします。

石田 ところで、今何歳でしたっけ? 

朝井 三十歳です。

石田 作家としては、三十代、四十代が一番いいときですよね。
 ただ、朝井くんはちょっと早過ぎたよね。今度の本の「十八歳の選択」というエッセイにも書いていたけど、十四歳の朝井くんは、綿矢りささんと金原ひとみさんが十九歳、二十歳という若さで芥川賞を取ったときに大きな衝撃を受けて、自分も彼女たちと同じ年齢になるまでに、「文章を介して何か大きな事をしなければ」と武者震いした、と。でも、十四歳で焦るって、アイドルの話じゃない? 

朝井 何に焦っていたのか今となってはよくわからないんですよね。

2010年2月号の『青春と読書』の対談誌面。
2010年2月号の『青春と読書』の対談誌面。

石田 でも、この十年で読まれる小説のスタイルもずいぶん変わってきたよね。
ぼくのデビュー二十周年の集まりのときにも話したけど、朝井くんもぼくも味が濃いタイプの小説家ではないじゃないですか。だから、今の時代はなかなか厳しいよね。
 実は今度、YouTubeで「石田衣良 大人の放課後ラジオ」というのを始めて、そこで「直木賞、直前大予想!!」というのをやったんだけど、今回の直木賞の候補作も含めて、最近の小説は全体に味つけが濃くなっている。物語の中で死ぬ人の数も多いし、死に方もどんどん残酷になっていて、こってりした味、濃い味のラーメンみたいな世界なんですよ。

朝井 この十年間の節目節目で、十年前の対談を含め、石田さんからいただいた言葉を思い出すんです。代表的なものは、ただ歩いているといった何でもないシーンを魅力的に書けることが小説家にとってとても大切な力、というもの。それもあって、映像としては派手な動きがないシーンでも魅力的に読める文章を書きたいとずっと思ってきました。だから、味つけの濃いものが今のトレンドであるならば、そこからは外れているかも。
 ですが、石田さんの二十周年の会のときに「細々としたことで一冊書けるのが朝井くんの特色なのでは。そういう人は意外と今少ないから、それを磨いたほうがいい」といわれて、開き直れました。

石田 スタイルって、なかなか変えられないんですよ。小説ってそんなにコントロールできるものではないので、濃い味で書く人は濃い味しか書けないし、それはもうそれぞれの個性であって、結局、そのスタイルで行くしかないと思う。

朝井 ただ、小説のスタイルが受ける、受けないというのは、時代待ちみたいなところがありますよね。

石田 そう。五年ぐらいで一回りして、十年たつと完全に変わっちゃったりする。朝井くんの場合は、そうした変化があと少なくとも三、四ターンはあるだろうから、その辺りのことは考えておかないといけないよね。

朝井リョウ
朝井リョウ

同じことを書くことを
怖がらない

朝井 デビュー十年を迎えた今、長編の物語を書けるようにならないといけないと思っているんですけど、展開のある長編を書くことが本当に苦手なんです。

石田 でも、長編小説が書ける、書けないという資質は多分変わらないと思いますよ。たとえば、川端康成も生涯、波瀾万丈の長編小説を書きたいと思っていざ書き始めるんだけど、そのたびに失敗して、途中でやめている。

朝井 石田さんはデビューして十年のころに、次の十年はこういうことに挑戦しようって思っていたこと、ありますか。

石田 あまり何も考えていなかったですね。もちろん別なことをやるのはいいんだけど、基本的に作家って、もともと自分の中にある資質をもう一度見つけ直すみたいなことはできても、まったく別のことはできない。
『発注いただきました! 』の中に、「こちら命志院大学男子チアリーディング部」という『こち亀(こちら葛飾区亀有公園前派出所)』と『チア男子!! 』のコラボ小説があるけど、両津勘吉のような強烈なキャラクターがうまく立てば、長編のシリーズを書くのもそう難しくないとは思うけど。

朝井 「IWGP(池袋ウエストゲートパーク)」は小説の中のキャラクターが勝手に動いて時代を追っている感じがして、発明的な装置だなと思います。
 私の場合、何かのテーマを立てたとしても、どうも同じ構造の同じ話を繰り返し書いてしまうところがあって、だからこそ大きな構えの長編を書けるようにならないといけないなって思うんです。

石田 だったら、同じ物語を書いちゃえばいいんですよ。同じ物語を二十冊でも三十冊でも書いて、その中に『雪国』のようなものがあれば永遠に残るし、残りのできの悪いものに関しては、すぐに忘れられていく。

朝井 つんく♂さんが「一人の創作者がつくりたいものなんてアルバム二枚とか三枚とかでいい切れる。だから、長く続けていくに当たって大切なのは、同じことを書くことを怖がらないことだ」ということをおっしゃっていて、二十年、三十年その世界に居続けるお二人の意見が揃ったので、信ぴょう性が増しました。

石田 それぞれの作家が持っている小説の型って、二つか三つぐらいしかなくて、みんな、その二つか三つをちょっとずつ変えたり、ずらしたり、くっつけたりしながら繰り返しているだけなんですよ。

朝井 石田さんは長く書かれてきて、こういうことが書けるようになったというか、書く範囲が広がっていく感覚はありましたか。

石田 広がるというのではなくて、全編を同じ勢いで突っ走るのではなく、途中で適当に休憩を入れるみたいな、自分自身に対する緩さみたいなのが出てくる。

朝井 たとえば『不死鳥少年 アンディ・タケシの東京大空襲』のような戦争をテーマにした小説というのは、これまでの石田さんのイメージにはあまりなかったですよね。

石田 でもあれだって、あくまでも自分のパターンの中の戦争の話なんだよね。だから、たとえば朝井くんの繊細さを通して見る猟奇連続殺人とかでもいいんじゃない? 残酷にする必要もないし、実際に殺すシーンとか戦うシーンを入れなくても、自分風にアレンジすれば、いろいろなものが書けると思う。
 ただ、作家も俳優もそうなんだけど、イメージを変えるのは本当に難しいよね。

朝井 それはすごく共感します。私も初めの五年ぐらいは、何を書いてもデビュー作の印象に紐づけられるのが嫌だったんですけど、最近はもう白旗を揚げました。若者をきらきら書く青臭い作家というイメージは一生なくならないだろうから、それを受け入れてやっていこうと。
 前田敦子さんがAKBの卒業生何人かとテレビに出ていたとき、他の方々は「ドラマとか映画とかに出ても、元AKB、元アイドルっていわれちゃうよね、私たち」と少し不満げな中、前田さんだけ堂々と「だって、私たちって元AKBじゃん。元アイドルじゃん。一生そうだよ、これからも」といっていたんです。格好よかったので真似します(笑)。

石田 でも、デビューのときのイメージしかないと戦いづらい。ぼくは割と早いときから恋愛小説的なものと青春ハードボイルドものの両方のイメージがあったから、青春ハードボイルドからハードボイルドを取れば青春小説が書けるし、恋愛もののほうからちょっとエロスに寄るとか、純愛に振るみたいなこともできる。その二つのイメージをつくれたのは大きかったですね。
 朝井くんも、若い人のそういうきらきらした世界とは別に、何か対極的なものがもう一つつくれると、強い武器になると思いますよ。

石田衣良
石田衣良

疲れと憎しみが
たまった時代に

石田 去年の秋ぐらいから、勉強のためにもYouTubeを見るようにしていて、あっと思った。出版も本もテレビも新聞もネットの世界は仮想敵だと思っていたから、これをきちんと使おうとか、一緒にコラボしようみたいなことを全然やってこなかった。でも、スマートフォンは七千五百万台もあるというから、この力を使わない手はないと思って始めたんですよ。本の世界というのはすばらしいものだからこそ、もっと外に開いたほうがいいと思うね。
 もう一つ思うのは、十年たって、ぼくたちはそんなに変わっていないけど、社会の人がみんな猛烈に疲れていて、心がその分鈍くなっている。それにつれて憎しみがすごくたまっている。さっき話した、最近の小説でやたら死ぬ人の数がふえているのも、そうした時代の荒れとか憎しみとか残虐さへの志向が出ているわけですよ。

朝井 石田さんの『清く貧しく美しく』の中に、これまで生きてきて社会に譲られたことがない人は、誰にも何事も譲ることができない、といったフレーズが出てきますが、そういった種類の憎しみが広がっている実感があります。

石田 そう。だから、時代の裏とか次の時代のことを考えると、ちょっと疲れるよね。もっとばかみたいに、人間はみんないい人です、心は美しくてすばらしいですよ、みたいな本を書くか、あるいは、今回は二十人殺すぜ、イエーイ! みたいな本書いていたほうが幸せだよね。

朝井 本気でそういうものを書きたいと思えれば、ですね。清濁併せのむ話だとどちらにも振り切れないですね。

石田 「え? 出汁(だし)とってるけど、味薄いじゃん、これ」っていわれたりね。

朝井 私の小説の感想には「何も起きていない」という指摘も多いのですが、起承転結のアンテナが違うんだから仕方ない、と思うようになりました。自分の中では強烈な「結」でも、人によっては「起」ですらないことを受け止めます。

石田 わかる、わかる。鋭敏であれば、ちょっとした変化がすごく大きくなる。川端の小説だって、極端にいえば、鋭敏さしかない。そういうものがいい小説として盛り上がっていった時代はうらやましいとは思うよね。

朝井 そういう時代でも読まれる書き手になりたいです。

石田 ぼくたちは小さなスコップで世界を掘っているから、パワーショベルみたいなことはできない。でも、百年たって一冊本が残ればいいわけです。

朝井 残ってほしいです、本当に。

石田 やはり、今のあり方のまま、薄味だけど丁寧に出汁をとったものを書き続けるしかないんだよね。

朝井 いい締めをいただきました! 

朝井リョウ
あさい・りょう●作家。
1989年岐阜県生まれ。2009年『桐島、部活やめるってよ』で第22回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。著書に『何者』(直木賞)『世界地図の下書き』(坪田譲治文学賞)『何様』『死にがいを求めて生きているの』『どうしても生きてる』等多数。

石田衣良
いしだ・いら●作家。
1960年東京生まれ。97年「池袋ウエストゲートパーク」でオール讀物推理小説新人賞を受賞しデビュー。著書に『4TEENフォーティーン』(直木賞)『眠れぬ真珠』(島清恋愛文学賞)『北斗 ある殺人者の回心』(中央公論文芸賞)『娼年』『清く貧しく美しく』等多数。

構成=増子信一/撮影=chihiro.

青春と読書
2020年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

集英社

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