<東北の本棚>作品支えた東北の文化
[レビュアー] 河北新報
劇作家で作家の井上ひさしさんが亡くなって今年で10年を迎えた。笑いと社会批評を織り交ぜた作品を世に問い、言論の自由や平和を訴えた井上さんは多彩な活動を展開した巨人だった。日本文学者の小森陽一、歴史学研究者の成田龍一の両氏が井上さんに共鳴する研究者、作家、演劇関係者と対談し、その魅力を探った。
小説家の大江健三郎さんは極東国際軍事裁判(東京裁判)や戦後の日本を鋭い視点で描いた点について「現代史という大きいものの前に立つ時は歴史家というほかはない。過去の全体像をできるだけ克明に考えて再現した」と指摘。互いに創作の手法は違ったが、想像力を尊重するという点では共感していたといい、深い友情で結ばれていたことがうかがえる。
実業家で小説家、詩人だった故辻井喬さんは自伝的作品を考察している。山形県川西町出身で仙台市の高校に通い、東北に愛着を持ち続けた井上さんとって、東北の文化はユーモアと並ぶ井上文学のリアリズムを支える柱だったとみている点が興味深い。
劇作家の永井愛さんは夏目漱石や林芙美子らを題材にした評伝劇を論じ、「舞台がいつの時代であっても大変なリアリティーを持って今につながるところがすごい」と話す。
困難な状況でも生き続ける大切さを描こうとした作家像が浮かび上がる。一人一人の言葉は、いかに大きな存在だったかを物語る。
「あれほど東北を愛し、東北について批評性を持っていた方が何で大震災の1年前に死んだのか。大震災の不条理な感覚を言葉にしてほしかった」と劇作家の平田オリザさん。その言葉は被災地の人々に共通した思いだろう。
ただ、作品は色あせない。本書は井上文学に触れたことがない人にとっては、その世界に興味を持つきっかけになるに違いない。没後10年の節目を機に再評価が進むことが期待される。
集英社03(3230)6080=1078円。