〈嘘〉の政治史 五百旗頭薫著 中公選書

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〈嘘〉の政治史

『〈嘘〉の政治史』

著者
五百旗頭 薫 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
社会科学/政治-含む国防軍事
ISBN
9784121101051
発売日
2020/03/09
価格
1,650円(税込)

書籍情報:openBD

〈嘘〉の政治史 五百旗頭薫著 中公選書

[レビュアー] 苅部直(政治学者・東京大教授)

 嘘(うそ)を「ついたり信じたりしている暇はない」。著者、五百旗頭薫はこの本のある個所でそう言っている。純粋な信頼関係への憧れは誰にもあるから、嘘は嫌われ、誠実さが尊ばれる。

 それにもかかわらず、近代日本の政治史を題材として、嘘の政治学を語るとはどういうことか。政治という営み、とりわけ複数の主体が競いあう政党政治は、よかれあしかれ嘘を必要とする。一冊の全体を貫いているのは、そうした洞察にほかならない。

 嘘の具体的な姿を知るには、本書の第2部から読み始めるのがいいだろう。日本では一八九〇年の帝国議会の開設以来、野党というものが長く存在し続けた。政府と異なる政策理念を掲げながら、現実には政権の座に入りこむことをめざす。そうした野党のリーダーには、競争のなかで美しい嘘を使いこなす技術が欠かせない。党利党略を公益と結びつけるという一般論として見るならば、与党・政府もまた、何らかの程度で嘘に頼らざるをえない。

 問題は、異なる党派と対立しつつ全体を支えているという緊張感を、政治家が保つのが難しいことである。もしも嘘をごまかそうとする努力を忘れ、「横着」にたれ流し続ければ、権勢をその場かぎりで手に入れられるが、社会には絶望とニヒリズムが広がるだろう。「正気を保った者にはいたたまれない」と、著者がちらりと述べる言葉は重い。「横着」な嘘がまかり通る昨今の政治に対する、根本からの批判である。

 政治家の嘘を嘘として見抜きながら、それをむしろ鑑賞し論評して、よりよい言葉で全体の状況を表現し直すこと。福地櫻痴(おうち)、志賀重昂(しげたか)、正岡子規といった明治のジャーナリスト、文人たちの仕事は、著者によれば外から政党政治を支え、嘘を少しでも減らそうとする営みだった。同じような言論と政治の空間が、百数十年後の現在に存在しているかどうか。歴史のなかから疑問をつきつけてくる。

読売新聞
2020年5月3日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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