複雑な財政の仕組みがわかる!――財政組織に着目する新しい基本テキスト

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財政学

『財政学』

著者
佐々木 伯朗 [著、編集]
出版社
有斐閣
ジャンル
社会科学/経済・財政・統計
ISBN
9784641165540
発売日
2019/12/04
価格
3,190円(税込)

書籍情報:openBD

複雑な財政の仕組みがわかる!――財政組織に着目する新しい基本テキスト

[レビュアー] 佐々木伯朗(東北大学教授)

 昨年12月、有斐閣より拙編著のテキスト『財政学――制度と組織を学ぶ』(Y[igrek]21)を刊行した。本来テキストというものは、その道のあらゆる領域に通じた権威が満を持して出版する、というイメージがあったので、担当の柴田守氏からこの話をいただいた時には、研究書を一冊出したばかりの自分にできるのかという一抹の不安があった。しかし、同時に、普段大学で自分が教えている財政学――それは通常の教科書にあるようなスタイルとは異なるという多少の自負は持っていた――を一般の方々にも読めるようにしたい、という願望もあったので、お引き受けすることにした。
 もちろん、全ての内容を一人で書くことは限られた時間では難しいので、後で紹介するお二人の研究者の力を借りることにした。この、少人数の体制で執筆に臨んだことが、問題意識の共有と内容の統一性に大きく貢献したと思っている。以下、本書の内容について、この場を借りて紹介したい。

 本書の目的は「財政学を初めて学ぶ読者のために、わが国を中心とした現代国家の財政の仕組みを、できるだけ客観的に、また、わかりやすく説明すること」(はしがき)である。また、「財政は、国家の資金に関するさまざまな制度や組織の集合から成り立っており、財政に関する事象の理解のためには、まずはそれらの制度や組織を理解することが重要であると考えた」(同)ことが「制度と組織を学ぶ」という副題をつけた理由である。
 「制度と組織」(Institutions and Organizations)という言葉は、経済学や経営学ではよく用いられ専門書も多数あるが、財政学分野でこのようなタイトルがついた本はほとんどない。財政こそ、さまざまな制度や組織から成り立っている分野の最たるものであることを考えれば、これは奇妙なことである。むしろ、元々そうした分野であるからこそ旧来の研究スタイルが維持され、現代の経済学における制度や組織の研究から取り残されてきたといえるのではないだろうか。本書はそのような問題意識の下に、予算、経費、租税、公債、社会保険、公企業等、財政の各分野にわたって、制度の解説を重視した。また、現代の財政が「貨幣財政」であることもふまえ、わが国における財政活動をめぐる一般会計、特別会計、特殊法人等の各政府部門と民間との間の資金の流れをできるだけ詳細に把握することをめざした。

 本書の特徴は、狭義の財政、すなわち租税を用いて活動する部門にとどまらず、上記の特殊法人等の「公私混合部門」について、前者とほぼ同じ分量を割いて説明していることである。すなわち第1部「財政と財政学」で、財政学説、公共部門全体の経済システムにおける位置づけ、および財政の意思決定のしくみについて述べた上で、第2部「公共経済的財政活動」では経費、租税、公債について、および第3部「公私混合的財政活動」では社会保険、公企業および財政投融資について説明している。特に社会保険については、財政学のテキストの中でここまで詳しく説明したものは他に例がないと思っている。ただしその分、租税や公債等、狭義の財政の現状や課題の説明が少なくなっていることはご容赦願いたい。

 各部の内容について少し立ち入って述べておこう。先述のとおり第1部は財政学の総論的な内容となっているが、第1章の「財政と財政学の歴史」の中にマスグレイブの「財政の三機能」論も入れ込んでいる。三機能(資源配分、所得再分配、経済安定化)は長い間多くのテキストで財政の役割として当然に説明されてきたが、「政府の失敗」論をはじめとして、批判の対象にもなってきた。本書では、現在に至る政治経済学の流れの中で、三機能論については、一つの歴史として相対化して論じている。このような財政学の歴史の後に、資金循環と財政との関係や財政と経済統計との関係を述べた第2章、および予算や財政の意思決定について述べた第3章が続く。なお、現在の国民経済計算(SNA)において政府サービスがすべて最終消費財として扱われているという説明は、自分が知る限り林栄夫『財政と国民所得の理論――経済循環過程における財政』(有斐閣、1951年)と鈴木武雄『近代財政金融』(春秋社、1966年〔新訂版〕)の中で触れられている以外、財政学のテキストの中で見たことはなかった。しかし、この前提は財政活動の現実とそぐわないのではないかと大学院生の時以来考えてきたことが、第2部第4章のコラムと合わせて、国民経済計算と公共部門について特にページを割いて説明した理由である。

 さて、第2部について第5章以降は、現東北学院大学非常勤講師である八島隆之氏に執筆いただいた。彼自身の専門は、リバタリアニズムに基づく国家や租税の理論であり、経済学というよりは哲学に近い分野である。しかし、大学卒業後一度金融機関に勤務していたことや、公務員試験の専門学校の講師として財政学を教えていた経験が、抽象的概念と現実とのバランスを保った内容に貢献したと思う。担当した租税と公債の全章にわたって、わかりやすくかつ論理的な内容にまとめていただいた。特に、第5章で所得税との対比で述べられる支出税は、近年の財政学のテキストではあまり取り上げられていないものである。しかし、わが国の現行の消費税が、経済の国際化により所得税の累進度を高めることが困難な状況の中で一種の妥協策として生まれたことや、高齢化社会に対応していると言いつつ生涯所得が一定以下の人々には増税となることなど、根本的な問題を持った税であることは、1980年代の導入時から指摘されてきた。よって、生涯を通じた所得に対して課税の公平性を保つことができる支出税は、実行可能性の問題があるとはいえ、租税論の基礎で学ぶべき最重要な税であると考える。この他、財政の持続可能性を論じた第8章において取り上げられるプライマリーバランスの概念について、他のテキストには見られないほど詳細に説明しているところにも注目されたい。

 第3部の社会保険の章については、現下関市立大学准教授である横山寛和氏に執筆いただいた。横山氏の研究は『公的年金の持続可能性分析――年金数理とバランスシートによる接近』(日本評論社、2015年)に集約されているが、保険数理まで踏み込んだ実証分析と複雑な年金制度論の両立した名著である。横山氏とは、小西砂千夫編『日本財政の現代史』第3巻(有斐閣、2014年)の仕事でご一緒して以来しばしば付き合いがあったが、財政の理論と制度の両面に通じていることから、今回のテキストの執筆に、ぜひにとご協力をお願いした次第である。四章にわたる社会保険の構成は、社会保険の論理、社会保険の組織・財政関係、年金保険、医療・介護保険、となっているが、横山氏の本領は特に前半の二章で発揮されている。第9章は、なぜ保険が必要なのか、という議論から始まり、社会保険が必要な理由、社会保険の論理、公的年金の機能という構成がとられており、社会保障給付を移転支出の一つの形態としてのみ扱っている通常の財政学のテキストとは対照的である。また、第10章では、わが国で国民経済計算の「社会保障基金」に該当する、国、地方、それ以外の団体に属する各社会保険の組織と財政関係、および給付と負担の状況を総覧している。年金、医療、介護の各社会保険を、詳細な図表を用いて一括して説明する手法も、それまでのテキストには見られなかったものである。さらに、第11、12章でそれぞれ説明されている公的年金および医療・介護保険に関しても、個々の保険の沿革、制度、現状と問題点を余す所なく述べている。

 第3部の残りの章は、公企業と財政投融資である。この二つは通常のテキストでは一つの章として扱われることが多いのだが、わが国の場合市場経済の下で活動する公共部門(公企業)を資金的に支援していたのが財政投融資であることから、そのような扱いがとられているのであろう。しかし、一方は公共部門の市場経済における実物的サービスであり、他方は金融的なサービスであることから本書では独立させて論じた。この公私混合部門の近年の動向が、終章の内容と関係してくる。
 終章は「制度と組織の財政論」というタイトルで、財政組織の概念と、新制度学派における国家論のフロンティアについて述べた。前者は租税を用いた狭義の財政から国家と市場の中間領域が生じてくる歴史を述べており、後者はそのような財政の活動領域の変化を理論的に説明する試みである。編者は、前著『福祉国家の制度と組織――日本的特質の形成と展開』(有斐閣、2016年)の執筆を通じて「制度」とは、経済主体間の相互作用として行われるゲームの均衡である、という考えに落ち着いた(「ゲーム」という言葉が軽い印象を与えるのであれば「闘争」と言い換えてもよい)。歴史を重視する制度論者がしばしば新制度学派を批判するのは、財政をはじめとする経済制度は、経済主体の合理的選択の結果ではなく、むしろそれらの主体の政治的な相互作用によって文脈的な合理性を与えられたものであるという主張からである。編者はこの考え方に同意するが、そうだとしても、経済主体間の相互作用による制度の形成は、進化ゲーム理論等、なんらかの明確な理論的基礎が与えられなければならないと思っている。「制度と組織の財政論」は、経済学よりも長い歴史を持つ財政学の豊饒な蓄積と、最新の政治経済学の知見が結びついた魅力的な領域である。今回は時間と紙数の関係で要約的な記述にとどまったが、いつか機会を改めて、まとまった形で論じてみたい。

 なお、本書には「練習問題」はあえてつけなかった。現実の経済や財政で生じているさまざまな問題には「正解」がないのが通例であり(見方、立場によって望ましい結果は異なる)、むしろ、それらの問題を考える際の理論的、制度的な基礎として利用してもらいたい。本書が、学生や一般の人々が、複雑極まる現代のわが国の財政を理解する手がかりに少しでもなれば、幸いである。

有斐閣 書斎の窓
2020年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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