【『「教える」ということ』特別対談:試し読み(3)】多様な人材を「混ぜて、強くする」社会を目指そう

対談・鼎談

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「教える」ということ 日本を救う、[尖った人]を増やすには

『「教える」ということ 日本を救う、[尖った人]を増やすには』

著者
出口 治明 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
社会科学/社会科学総記
ISBN
9784041087169
発売日
2020/05/01
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

【『「教える」ということ』特別対談:試し読み③】多様な人材を「混ぜて、強くする」社会を目指そう

[文] カドブン

出口治明さん(立命館アジア太平洋大学<APU>学長)が「教える」「教育」の本質について考察した最新刊『「教える」ということ』。本の中には、各界の専門家との対談が収録されています。今回は東京大学教授で生物心理学者の岡ノ谷一夫先生との対談を試し読みしてみましょう。

動物(ラット、小鳥、人間)のコミュニケーション行動を対象として、生物心理学的に研究を進める岡ノ谷一夫先生。「動物における教育」と比較しながらの議論で、人間にとっての「教える」ということが浮かび上がります。【第3回目】

>>【第1回】オンライン授業を上手に行うには?
>>【第2回】英語教育よりも大切なのは「〇〇教育」

■言語学習は思考の多様性を知るための学習である

出口:英語の4技能(聞く、話す、読む、書く)を積極的に使える人材を育てることは、社会全般の課題だといわれています。4技能は学校で教えるべきでしょうか?

岡ノ谷:話すと聞くは、個々の仕事の内容にもとづいて短期的にやったほうがいいので、学校で教える必要はないと考えています。

 僕も留学する前は、英語がまったく話せませんでした。僕が留学したのは1983年で、幸いなことにインターネットはありませんし、まわりにも日本人はいなかったので、コミュニケーションを取るには、英語を学ぶしかありませんでした。そういう「しかたがない環境」に置かれないと、言葉はなかなか身につかないと思います。

 それと、よくいわれることですが、英語ができても話す内容がなければ意味がありませんから、「何を話すか」といった内容を重視すべきでしょう。

出口:僕もそう思います。

岡ノ谷:言語学習はコミュニケーションを取ること以上に、思考の多様性と普遍性を知るためにあるのですから、英語以外の外国語を少なくてもあとひとつは学んだほうがいいと思います。東大でもかつて、「履修者が少ないから」という理由でスペイン語とイタリア語の授業をなくそうとしたことがあったんです。僕はそれに大反対しました。言語の多様性を学ぶためにも残しておくことは非常に大事なことだからです。

出口:現在も残っているのですか?

岡ノ谷:幸い残っています。

出口:APUの言語教育はかなり進んでいて、日本語と英語に加えて、アジア太平洋地域で使われている言語のうち、中国語、韓国語、マレー語・インドネシア語、スペイン語、タイ語、ベトナム語の6言語を、入門レベルから上級レベルまで学習できる仕組みを設けています。

岡ノ谷:すばらしいですね、そういう環境は。

「自動翻訳機があるのだから、わざわざ語学を学ぶ必要はない」という意見もあって、たしかに海外旅行をすることを考えれば、自動翻訳機も実用的なレベルにあると思います。

 でも、語学というのは多様な文化があることを学ぶことですから、自動翻訳機を使うだけでは人間の教養レベルを深めることにはならないのですね。多様な文化があることを知るほうが、世界に価値があることがわかって、結果的に持続可能な社会がつくれるのではないかと僕は考えています。

【『「教える」ということ』特別対談:試し読み③】多様な人材を「混ぜて、強く...
【『「教える」ということ』特別対談:試し読み③】多様な人材を「混ぜて、強く…

■人間の権利を平等に認めることが社会の大前提

出口:先日、全盲の女性と話をする機会がありました。この方は、子どもの頃に視力を失われたのですが、「目が見えないことは、私の個性です」と言い切っておられたのです。感動的でした。

 ある有名なIT企業に就職した彼女は、最初、目が見えない人のために音声で補助するプログラムを開発しようとしたそうです。目が見えない人を対象とした場合、マーケットが狭すぎるという懸念もあったようですが、開発を続けた結果、視力が低下した高齢者にも役に立つものであることがわかりました。ハンデがある人にとってやさしい技術は、実は広い汎用性を持っていたわけです。

 ハンデは個性であって、ハンデがあることによって新しい発想やアイデアが生まれることもあるわけです。

岡ノ谷:そうですね。ただ、多様性を重んじることとコスト削減は相反します。その女性は会社の理解があったからこそ、マーケットが狭いかもしれないけれど、開発を進めることができました。でも一般の企業では、マーケットの大小やコストで判断をしがちです。

 ですが教育のコストを考える場合、「この人への教育はコストが掛かるからしない」「この人は掛からないからする」「こういう人は数が少ないから教育を提供しない」ということでは平等性を失います。

 人間として生まれた以上は、ハンデがあってもなくても同じレベルの生活をおくれるだけコストを掛けるべきだし、そういう価値観を広めるためにも教育が必要なのです。

 持続可能な社会を築くには、人間の権利を平等に認めることが前提です。これからの社会は、いろいろなことが起こりえます。たとえば、遺伝子を編集することも可能になる。遺伝子編集の技術は、最初こそ遺伝的な病気の治療に使われるでしょうが、健康な人間の機能や能力を向上させるために使われる可能性だってあるわけです。そうなれば、容姿も運動能力もすべて操作され、均質化した人間が増えてくる恐れがあります。

 均質化した動物は、環境変動に弱くなります。だからそうならないように、多様性を認め、多様性をサポートすることが重要なんです。

出口:2019年のワールドカップでは、ラグビー日本代表がベスト8まで進みましたよね。ある講演会で、僕が「ラグビーワールドカップで日本代表がベスト8という結果を残しました。嬉しかった人は手を上げてください」と話すと、ほとんどの人が「はい!」と手を上げました。次に、「では、日本人だけのチームでベスト8に入れたと思う人は手を上げてください」と尋ねたら、誰も手が上がらなかったのです。要するに、混ぜると強くなる、多様性が組織を強くするということを、多くの人が認めているわけです。

 生物はもともと無性生殖でしたが、それでは滅びてしまうからと、雄と雌がいる有性生殖に進化しました。できるだけ離れたところで育った相手との間に赤ちゃんができると、免疫が混ざってたくましい子になりやすい。生き物は混ぜると強くなるわけです。組織も同じで、国籍や文化、宗教、そして年齢といったあらゆる属性の人間を混ぜることで強くなります。

岡ノ谷:そう考えると、東京大学は均質性が高いかもしれませんね。教員も東大出身者が多いですし。これからは積極的に多様な人材を入れていく必要がありそうです。

出口:岡ノ谷先生が指摘されたコストの問題ですが、僕は、教育予算については、みんなに一律、平等に税金を使うのではなくて、生涯コストを考えれば、社会的に一番恵まれない貧困家庭の子どもたちに予算を使ったほうが、社会全体としては一番サステイナブルで効率がいいと考えています。

それからもうひとつは、どこまで教育予算を使ったらいいのかは誰にもわからない問題ですが、せめてOECDの平均ぐらいの教育費を使ったらどうかと。日本はOECDの中で最低ですよね。

 最低である理由は、負担が少なくて給付が多いからです。OECDは日本に対して「消費税率を20〜26%に引き上げよ」と勧告していますが、せめてプライマリーバランス(PB/基礎的財政収支)を回復して財政を健全化しないと教育にお金をかけられません。私たちはもっと真剣に、負担と給付の問題を考えないといけません。

 僕は大学生のとき、生産要素は「土地」「資本」「労働力」の3つだと習いましたが、でもこれは、製造業の工場モデルが前提です。今の時代は、アイデアで勝負する時代ですから、諸外国の平均以上の教育投資を行わないと、日本の将来はないと思います。

▼出口治明『「教える」ということ 日本を救う、[尖った人]を増やすには』詳細はこちら
https://www.kadokawa.co.jp/product/321906000004/(KADOKAWAオフィシャルページ)

KADOKAWA カドブン
2020年5月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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