彼女の体とその他の断片 カルメン・マリア・マチャド著 エトセトラブックス

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彼女の体とその他の断片

『彼女の体とその他の断片』

著者
カルメン・マリア・マチャド [著]/小澤 英実 [訳]/小澤 身和子 [訳]/岸本 佐知子 [訳]/松田 青子 [訳]
出版社
エトセトラブックス
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784909910042
発売日
2020/03/10
価格
2,640円(税込)

書籍情報:openBD

彼女の体とその他の断片 カルメン・マリア・マチャド著 エトセトラブックス

[レビュアー] 村田沙耶香(作家)

 故障している感覚が、ずっとある。

 私は子供の頃から、「怒り」がよくわからない。あるはずなのに、故障していてその感覚を自分できちんと認識することができない。

 一方で、大切な女友達に、あなたの心は麻痺(まひ)しすぎていて苦しみが認識できなくなっている、このままでは倒れてしまう、あなたは悪くないのに、と叫びたくなることがある。

 『彼女の体とその他の断片』を読んだとき、私が真っ先に思い出したのは、いつも自分につきまとっているこれらの感覚だった。

 首にリボンを巻いている女性の生涯と、そのリボンがついに解かれてしまった瞬間の光景。透明になっていく女たちに縫い付けられたドレス。減量手術を受けた女性のもとに現れた物体。

 この短編集で描かれる世界は、故障してしまった私のような人間にとって、とてつもないリアリティを持って響いてくる。作者の言葉は、ただ物語と共に流れていくだけで終わらず、読んだ人間の体の内側にとどまり、いつまでも鳴り続ける。壊れた自分の中で本当はどんな「音」が鳴っているのか、驚くほど鮮明に教えてくれる。

 故障しなければ生きてこられなかった女性たちにとって、世界がどれだけ壊れているか。現実世界での眼差(まなざ)しが破損してしまっていても、物語の力を借りることで、誰もがその光景をとてもクリアに見ることができる。怒りとは想像よりずっと柔らかいものだったのだ、と思う。

 この作品集は、怒りだけではなく、恋をする喜び、そのとき肉体に宿る言葉、切ない人生の一場面、様々な記憶を、まったく新しい角度と形で何度も揺さぶりながら、私に開放と安らぎ、そして苦しむ自由を与えてくれる。

 麻痺は麻酔ではない。この本が覚醒させてくれた痛みは、私に希望を与えてくれる。精神世界の無数の傷がやっと血を流し、体の中で新しい言葉が燃える。そのことが始まりになるのだと信じられる作品である。小澤英実ほか訳。

読売新聞
2020年5月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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