[本の森 恋愛・青春]『春、死なん』紗倉まな/『丸の内魔法少女ミラクリーナ』村田沙耶香

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春、死なん

『春、死なん』

著者
紗倉 まな [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784065185995
発売日
2020/02/27
価格
1,540円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

丸の内魔法少女ミラクリーナ

『丸の内魔法少女ミラクリーナ』

著者
村田 沙耶香 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041084236
発売日
2020/02/29
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

[本の森 恋愛・青春]『春、死なん』紗倉まな/『丸の内魔法少女ミラクリーナ』村田沙耶香

[レビュアー] 高頭佐和子(書店員。本屋大賞実行委員)

 以前働いていた駅前の書店には、DVD付きアダルト雑誌のコーナーがあった。こういう商品は夜にひっそりと売れるものというイメージがあったのだが、近隣住民らしき高齢男性たちが、開店と同時にやってきて手に取るのだ。紗倉まな『春、死なん』(講談社)を読みながら、まるで生活用品のようにアダルト雑誌が買われていくあの光景を、やけに鮮やかに思い出していた。

 表題作の主人公・富雄は、息子が建ててくれた二世帯住宅で暮らしている。目がぼんやりと霞む症状に悩まされているが、医者には異常ないと言われ、高校生の孫娘にも取り合ってもらえない。妻が亡くなって以来、性的欲望をコンビニで購入したアダルト雑誌の付録DVDで解消しているが、孤独感が増すばかりである。そんな日々の中、学生時代に一度だけ関係を持った女性に偶然再会し、誘われてホテルに向かう。新しい関係に刺激を受け、男としての自信も取り戻せたように感じるが、霞がとれた目にはぞっとするような物体に覆われた世界が映る。

 良き母のまま亡くなった妻の本当の気持ち。夫と義父母の関係を冷静に見つめている息子の妻の視点。そして、富雄自身が心に秘めていた感情。与えられた役割を演じる中で、すれ違う家族の思いが、リアリティある会話と富雄の感じる生々しい匂いや感触、そして霞んだ目に映る世界を丁寧に描く中で露わにされていく。

 散歩ついでにアダルト雑誌を購入する彼らを、自分には関係のない人たちのように感じていたが、私自身も抱えるやるせなさや孤独と無関係でないことを実感させられた。今後の活躍が楽しみな作家である。

 村田沙耶香『丸の内魔法少女ミラクリーナ』(KADOKAWA)は、破壊力のある短編集である。表題作の主人公は、36歳のOLのリナ。小学生の頃に親友のレイコと始めた魔法少女ごっこを今も密かに続けている。妄想で日々を彩るおかげでストレスもなく、時々コンパクトで変身し、ミラクリーナとして笑顔で優しく振る舞うことにより、職場では皆から頼られる存在になっている。魔法少女ごっこをとっくに卒業しているレイコは、恋人である正志のモラハラに苦しめられており、リナに助けを求めてくる。レイコとの復縁を願う正志に、リナは自分と一緒に魔法少女として東京駅を巡回するという奇妙な提案をする。戸惑いながらもそれを受け入れた正志は、次第に活動に夢中になるが、リナの心はしだいに冷めていく。歪んだ正義感を人々にぶつけ始める正志をめぐり、物語は意外な展開を見せる。

 大人の女の魔法少女ごっこという設定を、簡単に受け入れられる人とそうでない人がいるだろう。前者である私は、いつも自分を取り囲んでいる陰鬱な空気がスッキリと晴れたような気分になった。心の中にずっと持っておきたいような、ちょっぴり気恥ずかしくて、愛すべき一篇である。

新潮社 小説新潮
2020年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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