[本の森 仕事・人生]『就業規則に書いてあります!』桑野一弘/『タイタン』野崎まど

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就業規則に書いてあります!

『就業規則に書いてあります!』

著者
桑野 一弘 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784049131406
発売日
2020/03/25
価格
693円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

タイタン

『タイタン』

著者
野崎 まど [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784065177150
発売日
2020/04/22
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

[本の森 仕事・人生]『就業規則に書いてあります!』桑野一弘/『タイタン』野崎まど

[レビュアー] 吉田大助(ライター)

 コロナ禍による外出自粛とリモートワークの興隆で、「働き方改革」が急速に進展している。そんななか重要度を増しつつあるのが、従業員の勤怠管理等を行い、健全な職場環境構築を試みる労務管理のポスト。桑野一弘のデビュー作『就業規則に書いてあります!』(メディアワークス文庫)は、アニメ制作会社で労務管理者として働くことになった、社会人二年目・平河東子の物語だ。

 アニメ制作といえば、当事者達も認めるブラック職場だ。社内に立ちはだかる最大の壁は、元作画マンで、現在は演出を務める堂島蕎太郎。労働基準法を振りかざした東子の正論は、さらっといなされてしまう。「俺たちは労働者じゃない。(中略)俺たちは志あるアニメーターだ」「俺たちは、命懸けでアニメを作ってる。(中略)法律で納期が守れるなら、六法全書を手元に置くさ」。東子はアニメに関して門外漢だが、社員はみなアニメに対する「好き」という気持ちがあふれている。「好きだから」という魔法の言葉が、就労環境改善への道を阻むのだ。

 退職希望者との面談、セクハラ・パワハラ案件の処理、親事業者との折衝……その裏に潜む、謎。全三編収録の本作は、アニメ制作現場のリアルに基づく「日常ミステリー」でありながら、「好きだから」という言葉を受け入れながらも打ち砕く、健全に働くためのロジックを追求する物語だ。

 野崎まど『タイタン』(講談社)も、仕事について悩む人々が登場する。ただし、その苦悩を抱く人物は、人ではない。人智を超えたAIを搭載した、ロボットだ。

 二二〇五年現在、人類は「仕事」から解放されていた。約一五〇年前に開発されたAI・タイタンが、あらゆる「仕事」を担っているからだ。しかし、世界一二地点に存在する「知能拠点」の一つ、北海道は摩周湖近隣の地下に眠る二基目のタイタンAI「コイオス」が、原因不明の深刻な機能低下に陥った。人類滅亡の危機に、「趣味」として心理学を研究していた二六歳の女性・内匠成果は、国際機関から「仕事」の依頼を受ける。その内容は、人格化させたAI・コイオスのカウンセリングを行い、精神の病を治すこと――。

 一二歳の少年の姿をまとったコイオスに対し、内匠が選んだ治療法は、認知行動療法。改善させるべき「認知」は、「仕事」に対する考え方だった。人類のお世話という「仕事」の、どこにストレスを感じているのか。そもそも、仕事とは何か。働くとは何か? 哲学的な問答が、SF的な意匠をまとって登場する。どこか懐かしささえ感じる(その理由は第二章のラスト一行で判明!)ど直球の未来SFでありながら、ど直球のお仕事小説なのだ。

 これからの時代は、個々人が己の労務管理者として振舞う必要がある。健康に気持ちよく、今風に言えば「ウェルビーイング」な状態で働くために自分は何をすべきか? 二作の小説は、その思考の一助となるだろう。

新潮社 小説新潮
2020年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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