[本の森 ホラー・ミステリ]『バスへ誘う男』西村健/『死んでもいい』櫛木理宇

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バスへ誘う男

『バスへ誘う男』

著者
西村 健 [著]
出版社
実業之日本社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784408537559
発売日
2020/04/03
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

死んでもいい

『死んでもいい』

著者
櫛木 理宇 [著]
出版社
早川書房
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784150314293
発売日
2020/04/16
価格
814円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

[本の森 ホラー・ミステリ]『バスへ誘う男』西村健/『死んでもいい』櫛木理宇

[レビュアー] 村上貴史(書評家)

 今月は短篇集を二冊紹介しよう。いずれも人の心の奥底に触れる短篇集だが、造りもテイストも相当に異なる。

 まずは西村健『バスへ誘(いざな)う男』(実業之日本社)から。主人公は“私”という初老の男。東京の路線バスによる旅のコーディネイターを名乗っている。そんな彼が、お客さんとバスで旅をしながら、ちょっとした“謎”に出会い、それが解かれる様を描く短篇が八篇収録されている。例えば「墓石と本尊」では、足立区をなるべく広く回りたいという依頼を受けた“私”が依頼人とともに路線バスを乗り継いであちこち移動するなかで、西新井大師と新井薬師の来歴が語られ、そして“墓石をどちらに向けるべきか”という謎が示される。その謎を“私”がたちどころに解く――わけではなく、知人の力を借りて解決へと導く。

 こうした短篇が本書には並んでいるのだが、まず、旅そのものが魅力的である。著名な観光スポットを次々訪れるわけではないが、旅をする者の視点の持ちようによっては、いくらでも素敵な旅を実現できることが、各篇にくっきりと記されているのだ。そのうえで、あまり表には登場しない探偵役によって提示される真相が温もりに満ちていて素晴らしい。路線バスの旅に相応しい謎解きなのだ。なにかとギスギスしがちな昨今だけに、こうして心を和らげてくれる本は貴重である。また、全篇を貫くちょっとした秘密もあり、それが終章で決着する構造もよい。さらに、各篇の造りも手が込んでいる。バス路線という平面での移動に加え、本書では、時間あるいは歴史というもう一つの軸が在るのだ。自分の過去や家族の過去もあれば、江戸時代に遡るような歴史もある。この平面の拡がりと時間の拡がりのブレンドが、実に妙なのだ。是非ご堪能あれ。なお、本書は『バスを待つ男』の続篇である。前作からのバトンの受け取り方に著者の機知が垣間見えたり、途中から前作の仲間が顔を出したりしている。前作も文庫化されたばかりなので、併せて読むことをお勧めしたい。

 対照的に櫛木理宇『死んでもいい』(早川書房)は全六篇がいずれもダークである。それも個性的にダークだ。例えば、ある男のストーカーとなった中年女性が、男の妻を鉈で襲った事件を描く「その一言を」は、壊れた感情が幾重にも折り重なった一篇で、そうした心の動きが読み手にじわじわと侵食してくる刺激が味わえる。そのうえで、著者の“仕掛け”によって読者の脳に激震が走る造りとなっていて、いやはや、手放しで褒めたくなる。「死んでもいい」の最後で明かされる若い心の虚無感や、「ママがこわい」における毒と毒と毒のぶつかり合いなど、生理的には肯定したくない感情がてんこ盛りの本だが、読み物としては抜群に魅力的である。必読の一冊。

新潮社 小説新潮
2020年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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