[本の森 医療・介護]『終の盟約』楡周平/『神域』真山仁

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[本の森 医療・介護]『終の盟約』楡周平/『神域』真山仁

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)

 今月紹介する二冊は、奇しくも認知症という同じ題材を扱ったスリラーである。一冊目は楡周平『終の盟約』(集英社)だ。さまざまな社会問題を俎上に載せてきた作者が、現代人の老いと死に正面から切り結んだ。

 藤枝輝彦は糖尿病治療を専門とする医師だ。ある日彼は、妻から父・久が入浴を覗いていたと訴えられた。調べてみると、父には明らかに認知症の兆候が見られた。久から事前に託された書面には、自分が認知症になった場合の指示が記されていた。それに従って輝彦は、父を彼の旧友・馬淵の経営する杉並中央病院に入院させる。

 報せが舞い込んだのは、それからいくらも経たない深夜だった。久が息を引き取ったという。驚き、病院に駆けつけた輝彦に馬淵が告げた死因は虚血性の心疾患というものだった。哀しむ間もなく葬儀を終えた輝彦だったが、胸中にある疑惑が湧き始める。あまりにも早く、時宜を得た死だった。これは仕組まれたものではないのか。

 父の死の背景にあるものを探っていくうちに、自身も医師である輝彦は重い問いを突き付けられることになる。認知症は発症者一人ではなく、周囲の者すべての運命を変えることになる病だが、輝彦も家族と向き合いながら問いの答えを探すことになるのだ。自分だったらどうするか、とのめりこみながらページを繰り続けた。

 真山仁『神域』(毎日新聞出版)は、認知症の主原因の一つであるアルツハイマー病治療に関する物語だ。この病は、脳内にアミロイドβという蛋白質が蓄積して大脳が萎縮することによって引き起こされる。篠塚幹・秋吉鋭一という二人の科学者が、フェニックス7という人工万能幹細胞を生みだすところから話は始まる。脳にフェニックス7を移植できれば、将来的にはアルツハイマー病の完治も夢ではなくなる。

 このフェニックス7の開発を巡り、水面下の主導権争いが始まる。さながら世界全体が鳴動しているかのような、無気味な動きが全編を通して描かれるのである。並行して綴られていくのが、不可解な失踪事件だ。宮城県内で老人ばかりが相次いで行方不明になっていたのである。宮城中央署刑事課に属する楠木耕太郎警部補は、部下の松永千佳と共に事件を追い始める。

 プロットはそれほど意外なものではないが、楠木たちによって明らかにされる真相は残酷で、寒気すら覚える。これは虚構に過ぎない、と笑い飛ばせない凄味があるからだ。現代の恐怖譚と言うべき内容だ。

 数が多く紹介しきれなかったが、知念実希人、久坂部羊、岩井圭也による医療小説が数多く刊行された月だった。新型コロナ・ウイルス蔓延によって引き起こされた社会不安と直接の関係はないだろうが、この分野への注目度はますます高まりそうだ。現実の医療危機に関しては、一刻も早い収束を願う。

新潮社 小説新潮
2020年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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