「世界に通用する18歳」をどう育てるか【出口治明『「教える」ということ』特別対談:試し読み(7)】

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「世界に通用する18歳」をどう育てるか【出口治明『「教える」ということ』特別対談:試し読み⑦】

[文] カドブン

出口治明さん(立命館アジア太平洋大学<APU>学長)が「教える」「教育」の本質について考察した最新刊『「教える」ということ』。本の中には、各界の専門家との対談が収録されています。今回は立命館慶祥高等学校校長・久野信之先生との対談を試し読みしてみましょう。

「これからの学力養成」を目指すアクティブラーニングに注力している北海道・江別市の立命館慶祥中学校・高等学校。海外研修旅行は、生徒自身の考えと問題意識の観点からコースを選択できるなどユニークな取り組みで注目されています。
「アクティブラーニングは、『教わる』のではなく『自ら学んでいく姿勢』が基本だ」と話す校長の久野信之氏と「教える」ということについて議論します【第1回目】

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■最初に型にはめなければ、型破りの生徒は生まれない

出口:僕が社会人になったころは、言葉の意味一つを調べるにも、図書室へ行って百科事典を引かなければなりませんでした。けれども今は、スマートフォンですぐに検索できます。「知識×考える力」を仮に教養と置くと、知識を得るためのコストが小さくなっている現代では、考える力の差が結果を分けます。

 では、どうすれば考える力を鍛えることができるのかといえば、最初は、真似をすることだと思うのです。ただし、良いレシピを真似しなければ料理も上達しないのと同じで、考える力を鍛えるときも、優れた考える力を持った先人たちの思考のパターンを学ぶことが大切だと思うのです。

 アダム・スミス、デカルト、アリストテレスなどの古典を丁寧に読み込んで、彼らの思考のプロセスを追体験し、それを自分なりにアレンジしながら、考える力を鍛えるほかありません。

久野:初等・中等の教育の中で、たびたび「世界を動かすような、型破りの生徒を育てるにはどうすべきか」という議論が出るのですが、最初に型にはめないと、破りようがないわけですね。つまり、小学生の間に、挨拶や礼儀などを教えて、常識的な枠組みの中にいったんはめることが必要なわけです。

 柔道の選手にしても、剣道の選手にしても、一流の選手というのは、しっかりとした基礎・基本の型を身につけていて、その上で、世界で戦うための独自の技を磨いていますよね。それと同じです。型破りな生徒にしたいからといって、最初からすべて自由にさせてはいけないのだと思います。

出口:問題は、その型がある程度合理的な優れた型かどうか、ですね。料理でも、料理がヘタな人のレシピを最初に真似したら、料理は上達しないでしょう。変な型を破ったところで、変な型破りになるだけです。

 まともな型を破ってこそ、まともな型破りができるのですから、型にはめるときは、今までの学校教育の経験の中で相対的に合理的で、「良い」と思える型を教えないといけないですね。ですから、先生がたには、不断に勉強して教える型を見直していただかないと。

 ある研究によると、人間の向学心や好奇心は、18〜19歳にピークを迎えると考えられていて、このときに学習習慣を身につけておくと、大人になってからも学び続けるそうです。

久野:学習習慣といっても、学校で勉強する、とか、塾に通うということ以上に、「自ら、いろいろなことを調べたり、考えたりする」という意味での学習習慣が大切ですよね。

出口:その通りです。

 僕の出身高校である三重県伊賀市の県立上野高校で、最近、現役で東京大学に入学した生徒がいます。彼は「大学に行くなら、日本で一番難しい東大に入りたい。けれど自分は勉強が好きではないし、長時間勉強できる集中力もない。せいぜい2時間が限界だ。なので、夜7時くらいに晩御飯を食べて、その後、8時くらいまではテレビを観たりして過ごして、8時から10時までしっかり勉強しよう」と決めて、それを3年間続けた結果、塾にも行かずに東大に合格しました。どうすれば勉強を続けられるのか、どの教科をどれくらい勉強すれば合格できるのかなどを自分の頭で考え、自分で習慣化したわけですね。

久野:おそらく東京大学に入学するような子どもは、毎日、3、4時間勉強する習慣はついていると思います。けれど不思議なことに、東大に入学したとたん、勉強をしなくなる学生もいる。彼らは受験勉強を習慣化することはできても、「わからないことがあったら調べる」「疑問に感じたことの答えを見つける」という、本当の意味での学ぶ習慣が身についていないのかもしれません。学校の勉強の成果は、偏差値やテストの点数で測ることができます。ところが、学ぶ姿勢は、得点として表れるものではありません。学ぶ姿勢がなくても、塾に通わせて知識を詰め込めば、テストで好成績を上げる子どもはいっぱいいます。

 出口学長がおっしゃった学習習慣というのは、何か新しいことにぶつかったときに、「これはどういうことだろう? 何の役に立つのだろう? どうしてこうなったのだろう?」ということを調べていく姿勢や、心や、志のことだと解釈しています。

出口:そうです。疑問を疑問のまま残さず、腹落ちするまで調べて、腹落ちするまで考えてみることが大切ですね。

「世界に通用する18歳」をどう育てるか【出口治明『「教える」ということ』特...
「世界に通用する18歳」をどう育てるか【出口治明『「教える」ということ』特…

■「世界に通用する18歳」を育てる

久野:私の経験上、18歳よりも少し前、15歳から17歳くらいまでの間に学びを通じて大きな感動を覚えると、学ぶ習慣、学ぶ姿勢が一生続くと思います。

感動は、学びの動機になります。たとえば私たち立命館慶祥は、出口学長がご存じのように、高校2年時に海外研修旅行を実施しています。いわゆる修学旅行ですね。

 立命館慶祥の国際教育の基本は、物事の本質に迫ることです。海外研修旅行は、生徒自身が、自らの考えと問題意識の観点からコースを選択できるようになっています。

 本物を見て、本物に触れ、本物を知る。その感動と体験を通じて、自ら考え、問題意識を持つようになるわけです。

出口:立命館慶祥高校の修学旅行は非常にユニークですね。

久野:そうですね。立命館慶祥が開校したのは、1996年です。開校当時、修学旅行のコースを選択制にした学校は、全国的に見ても非常に珍しいものでした。

出口:コースは全部でいくつあるのですか?

久野:ベトナム、マレーシア、タイ、ガラパゴス、アメリカ、北欧、ポーランド・リトアニア、ボツワナの8コースです。それぞれテーマが決まっています。

 立命館慶祥は開校以来、世界を変え、世界を支える人材の育成を目的として、「世界に通用する18歳」を目標に掲げていますが、ではどうすれば世界に通用する18歳を育成できるのか、先生がたが「ああでもない、こうでもない」と議論する中で、「3つのC」という考え方が生まれました。

 ひとつ目の「C」は「チャレンジ(Challenge/挑戦)」、2つ目は「コントリビューション(Contribution/貢献)」、3つ目が「コラボレーション(Collaboration/共働)」です。そして、この3つのCを生徒たちに体験させるために、多彩な海外研修プログラムを準備することにしたのです。

出口:高度成長期の日本の新三種の神器、カー、カラーテレビ、クーラーの「3C」より、何倍も意味がありますね(笑)。

久野:たとえばリトアニアは、当時は日本人がひとりしかいませんでした。街には銃弾の跡や動かなくなった戦車がそのまま残されていました。

出口:ソ連の国家評議会がリトアニア、ラトビア、エストニアの独立を承認したのは、1991年です。独立後、まだ5年しか経っていないときに行かれたわけですからね。

久野:リトアニアに行くことが先に決まっていて、あとからテーマを決めたのではなくて、「国づくりとは何か」というテーマが先に決まっていて、「では、どこに行くのか」を選定する過程で、「独立したてのリトアニアはどうか」と。

出口:人間はどのようにしてゼロから国家をつくるのか、国民をつくるのか。国づくりはベンチャーにも役に立つテーマですね。すごくおもしろいですね。

久野:ところが当時、リトアニアに修学旅行に行く日本の学校なんてないわけです。各コース、だいたい40名前後が参加するのですが、40名をリトアニアに連れていくだけでも難儀でした。

出口:ホテルに宿泊したのですか?

久野:いいえ、ホームステイです。あらゆる階級のあらゆる家庭に入ってみなければ、その国の本質を知ることはできないと考え、労働者、中産階級、それから国のトップに至るまで、本校の生徒をホームステイさせました。リトアニアの首相のお宅に泊まった生徒もいます。

出口:ホームステイを終えたあと、生徒たちは「労働者はどういう生活をしているのか、国をつくろうとしている省庁の人たちはどのような生活をしているのか」を話し合うわけですね。

久野:はい。その場所に行って、そこにあるものを見て、触れて、食べて、その国の通貨を使って、そこにいる人たちと話をしなければ、本当のことはわかりません。でも、それをすれば、生徒たちは必ず感動します。

出口:そしてその感動が原動力になって、帰国後も自ら進んで学ぼうとする。

久野:その通りです。

(つづく)

▼出口治明『「教える」ということ 日本を救う、[尖った人]を増やすには』詳細はこちら
https://www.kadokawa.co.jp/product/321906000004/(KADOKAWAオフィシャルページ)

KADOKAWA カドブン
2020年5月25日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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