『教皇たちのローマ ルネサンスとバロックの美術と社会』石鍋真澄著

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『教皇たちのローマ ルネサンスとバロックの美術と社会』石鍋真澄著

[レビュアー] 渋沢和彦

■「天才」たちの舞台奥深く

 17世紀初頭のローマで最初に花開いたとされるバロック美術。代表的な画家、カラヴァッジョや彫刻家、ベルニーニの作品は有名だが、それらを生み出すきっかけとなった教皇や枢機卿については、ほとんど知られていない。著者はイタリア美術を研究する西洋美術史家。15世紀から17世紀までの32代にわたる教皇の治世の歴史をたどり、ルネサンスとバロックのパトロンと美術家、美術と社会との関係を丹念に調べて論述した。

 老朽化した旧聖堂にかわる新しいサン・ピエトロ大聖堂建設に着手し、システィーナ礼拝堂の天井画をミケランジェロに描かせたユリウス2世。無名だったカラヴァッジョの才能を見いだして「聖マタイの召命」などを描くきっかけを与えたデル・モンテ枢機卿。ベルニーニにサン・ピエトロ大聖堂の「大天蓋」の仕事を任せたウルバヌス8世。芸術に理解を持った教皇や枢機卿がいたことで、ローマは「世紀の天才」が活躍する舞台となったことを説く。

 本書は、神聖ローマ皇帝カール5世軍がローマ占領後、9カ月にわたって略奪するという衝撃的な事件、1527年の「ローマ略奪」(サッコ・ディ・ローマ)を詳細に解説し、「破壊の歴史」にも焦点を当てた。

 この大惨事により、ミケランジェロとラファエッロに代表される盛期ルネサンスは終焉(しゅうえん)を迎え、ローマは中世の自治政府時代の大半の記録や貴重な絵画や彫刻を失った。そして古い街並みは大きな痛手をこうむった。しかし、その大惨事からの再生によって、教皇が真に力を持つ態勢が整い、イタリア各地やヨーロッパ中から才能のある美術家たちが集まってバロック美術が生み出されたという。

 著者は、バロック時代には祝祭や儀式が盛大に行われ、いわば美術の実験場のようになり、多くの美術家たちが舞台装置などの仕事に携わったことにも注目する。終われば取り壊された「見えなくなったバロック」について、残された版画などから華やかな祝祭の時代だったことを提示しているのも興味深い。

 本書は著者が2016年5月から翌年3月までローマに滞在した際の調査をもとに編まれた。豊富な図版も助けになり、ローマの奥深さが見えてくる。(平凡社・2800円+税)

 評・渋沢和彦(文化部)

産経新聞
2020年4月24日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

産経新聞社

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