スパイ関三次郎事件 戦後最北端謀略戦 佐藤哲朗(てつお)著

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スパイ関三次郎事件

『スパイ関三次郎事件』

著者
佐藤哲朗 [著]
出版社
河出書房新社
ISBN
9784309028798
発売日
2020/04/27
価格
2,750円(税込)

スパイ関三次郎事件 戦後最北端謀略戦 佐藤哲朗(てつお)著

[レビュアー] 佐藤優(作家・元外務省主任分析官)

◆緻密な取材が暴いた真相

 国家には、秘密裏に情報を収集するインテリジェンス活動が不可欠だ。インテリジェンスで専ら非合法活動に従事する者をスパイと呼ぶ。スパイにもさまざまなレベルがある。東ドイツから潜入し、西ドイツのブラント首相の秘書になったギュンター・ギョームや戦前の日本の政界・官界に深く食い込んだソ連のリヒャルト・ゾルゲなどは超一級のスパイだ。それに対して、消耗品として使い捨てにされるスパイも山ほどいる。

 一九五三年八月二日に北海道の宗谷沿岸に上陸したとされ、逮捕、起訴された関三次郎も消耗品の一人だ。捜査当局は、マスメディアを使って、関が樺太(サハリン)から潜入したソ連のスパイであるという宣伝を徹底的に行う。翌五四年二月十九日に、旭川地裁が外国為替及び外国貿易管理法、出入国管理令違反を認定し、懲役一年(執行猶予二年)の判決を言い渡した。検察も被告人も控訴しなかったため、判決は確定し、関は歴史の表舞台から消えた。

 著者の佐藤哲朗氏は、毎日新聞記者だった一九七二年、札幌地方検察庁の新年会の際に塚谷悟検事正が、かつて担当した関三次郎事件を回想した際に「しかし、証拠主義が徹底した近頃なら公判請求自体とても無理だった。いい勉強をさせてもらった」と漏らしたことから、事件の背後に大きな秘密があると考えた。関や取り調べを担当した警察官など、徹底的な取材を行い、本件はソ連によるスパイ事件ではなくCIC(Counter Intelligence Corps=米陸軍防諜(ぼうちょう)部隊)の謀略であるとの結論に至る。緻密な取材と深い分析がなされていて説得力がある。佐藤が供述調書の捏造(ねつぞう)を誰がしたのかと尋ねたのに対し、関は「そりゃあ、アメリカの謀略機関と日本の警察だべ。俺がしゃべった(調書の)ほかには何んも(証拠が)ないもんだから、それで俺に罪を着せたんだべな」と答える。これが事件の真相だったのだと思う。

 現在も米国、中国、ロシアなどが日本で熾烈(しれつ)な諜報戦を展開している。スパイのような危険な仕事に素人は絶対に関与してはならない。
(河出書房新社・2750円)

1939年、旧樺太(現ロシア領サハリン)生まれ。元毎日新聞編集委員。

◆もう1冊 

矢田喜美雄著『謀殺 下山事件』(祥伝社文庫)

中日新聞 東京新聞
2020年5月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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