警察署内で起きた不可能犯罪 『女副署長』松嶋智左

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女副署長

『女副署長』

著者
松嶋 智左 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784101020716
発売日
2020/04/25
価格
737円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

警察署内で起きた不可能犯罪

[レビュアー] 西上心太(文芸評論家)

 日見坂警察署は常にない緊張感に包まれていた。この地方が、接近する台風の進路にあたっていたからだ。通常の宿直態勢が見直され、多くの署員が署内に参集していた。午後十時過ぎには台風災害対策本部が署長室に設置され、全員を呼集する非常参集の発令も時間の問題だった。だが思ってもいない事態が起きる。日付が変わった午前零時過ぎ。署内の駐車場で、地域課第二係長の鈴木警部補が、ナイフを胸に突き刺された姿で発見されたのだ。

 遺体の発見場所は防犯カメラの死角になっていたが、他のカメラには怪しい人物の出入りは写っておらず、署内に隠れた不審人物もいなかった。犯人は署内にいた警察官なのか?

 所轄署を舞台にした群像劇には、真保裕一の『脇坂副署長の長い一日』という先例があるが、殺人事件がメインで、被害者も容疑者も署員という作品はおそらく初めてではないか。中心となる人物が、県内で初の女性副署長になった田添杏美(たぞえあずみ)だ。気が強く、考えるより先に身体が動いてしまう性格だ。副署長としてまだ未熟で、赴任間もないため署内の掌握も不十分という状況に置かれている。このようなスーパーヒロインとはほど遠い人間が、台風で初動が遅れる県警捜査一課の到着前に、所轄の名誉を懸けて事件解決を図ろうと決心し、前代未聞の事件に挑むのである。

 捜査の陣頭指揮を執り田添とぶつかり合う捜査課長、監察官の経験を持ち観察眼に長(た)けた総務係長など印象的な脇役も光る。外では被災者の保護や捜索が進行し、署内では署員の間で確執や不信感が増大していく。不可能犯罪に翻弄される人間模様を描いた一夜の物語は、一気読み必至の収穫の一冊。

光文社 小説宝石
2020年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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