軽妙かつ毒のある語り口が心地良い 読者を名作世界に誘う読書エッセイ

レビュー

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鞄に本だけつめこんで

『鞄に本だけつめこんで』

著者
群ようこ [著]
出版社
新潮社
ISBN
9784101159331
発売日
2020/03/27
価格
693円(税込)

書籍情報:openBD

軽妙かつ毒のある語り口が心地良い 読者を名作世界に誘う読書エッセイ

[レビュアー] 南沙良(女優)

 本書は、幼少期から「本の虫」だった群ようこさんが選んだ24冊を紹介しつつ、過去のさまざまな思い出を振り返るエッセイ集だ。ただお堅いだけだったり、ヨイショばかりが目に付く、いわゆる“お約束的な書評本”とはまったくの別物で、軽妙で毒のある心地良い語り口や突飛な視点から入り込んでゆく文章に心が躍る。だから私の指先は、リズムを刻むように次々とページをめくっていった。

 ややもすると堅苦しい印象がある文学の世界。ところが著者の導きについていくと、そんな名作の世界に肩肘を張らずに触れることができるから不思議だ。もしかしたら、ドラえもんのひみつ道具「どこでもドア」を使って、たった1日で世界中を旅して回り終えたら、こんな気分になるのかもしれない。

 9冊目に紹介されている森田たまの『もめん随筆』は、私も以前に読んだことがあった。格好よく言えば「読み応えのある随筆集」で、少々背伸びをするように手に取った当時の私は著者が〈何て恐しい言葉だろうか〉と驚いた〈悧口だが聡明でない〉という一節に、似て非なる二つの言葉の違いを知るべく辞書を開いたことを覚えている。

 こうした実体験は、著者への深い共感をもたらした。お会いしたことがない群さんを身近に感じたのは、本書がたくさんの本とともに歩んできた彼女の生き様の随想であり、かつ、折りあるごとに見聞きしたり経験された、喜怒哀楽がちりばめられた物語でもあるからだろう。章を追うごとに、洒脱で瑞々しい感性や、等身大で飾ることのない飄々とした人柄が伝わってくる。

 最も共感を覚えたのが、16冊目の『ぼく東綺譚』にまつわるエピソードだ。〈電信柱にくっつけられた電球の光の下では、同じ絵を描いても昼間とは全く違うような気がした〉という著者の追想からは、かつて父が運転する車の助手席から眺めた夜の高速道路を思い出した。窓に反射しては消える道路照明の光が、私には命を失いつつある瞬間に見えるとされる走馬灯みたいに思えたのだ。永遠に続くかに見える光芒の明滅の中、私はまるで異世界を訪れたかのようにどうにも落ち着かないドキドキした気持ちに襲われた。思えば走馬灯など、いまだ目にしたことがないのに。

 本書は24作品のエッセンスを味わわせてくれるだけではない。微笑ましく、素朴で愛おしい日常の追体験がある。今後はこの一冊をお気に入りのトランクに詰め込んで、人生の色々な景色を訪れていきたい。

新潮社 週刊新潮
2020年5月28日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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