女優の姉を恥じて弟が自殺! 無理解な時代に家族より舞台を選んだ名女優「伊澤蘭奢」の劇的な生涯とは?

レビュー

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輪舞曲

『輪舞曲』

著者
朝井 まかて [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103399728
発売日
2020/04/17
価格
1,815円(税込)

書籍情報:openBD

大正時代の「芸術の人」を描く

[レビュアー] 川本三郎(評論家)

川本三郎・評「大正時代の『芸術の人』を描く」

 大正から昭和に華やかな光を放ち、劇的な死で短い生涯を閉じた伝説の名女優・伊澤蘭奢を描いた作家・朝井まかてさんの長篇小説『輪舞曲』が刊行。この小説の背景を評論家の川本三郎さんが解説する。

 ***

 現在では考えられないことだが、日本では近代になるまで女優は存在しなかった。江戸時代、女性が舞台に出ることが禁じられていたため。

 明治から大正にかけてようやく日本にも女優が登場した。舞台女優である。川上貞奴、松井須磨子、森律子らが初期の女優として活躍した。しかし、当時、女優の社会的地位は低く、松井須磨子は大正時代のスターだったが、舞台に立ったという理由で故郷、信州の親類から絶縁された。森律子は弁護士の娘、いわば良家のお嬢さんだったために女学校の卒業者名簿から抹殺され、その弟は学友からからかわれたのを恥じて自殺している(戸板康二『物語近代日本女優史』による)。

 伊澤蘭奢は、そんな時代に女優を志し、松井須磨子が、スペイン風邪で急逝した島村抱月を追って自殺したあとの大正新劇界で活躍した女優である。昭和三年、脳出血のため満三十八歳で死去した。その舞台人生は十年ほどしかない。それもあって伝説の女優となっている。

 本書は、この名女優を、彼女が関わった男性たちの目を通して描いているところに特色がある。蘭奢の死後、男たちがそれぞれの思い出を語ってゆくという手法を取っている。映画ファンなら、ジョゼフ・マンキーウィッツ監督の回想形式の物語、エヴァ・ガードナー主演の「裸足の伯爵夫人」(一九五四年)を思い出すかもしれない。

 伊澤蘭奢は島根県津和野の出身。古くは西周、森鴎外、下って、永井荷風と親交のあった「校正の神様」といわれた神代帚葉(種亮)、作家の中村吉蔵、さらに近年では画家の安野光雅を生んでいる町。

 江戸時代から続く紙問屋の娘として生まれ、同じ町のやはり老舗の薬問屋の子と結婚し、男の子を産んだ。しかし、家庭のなかにいるのが耐えられず、舞台で『復活』を見て感動したのをきっかけに女優になることを決意。夫と別れ、子供を置いて東京に出た。日本のノラである。

 前述のように女優の社会的地位の低かった時代に、普通の主婦が家庭を捨てて女優になるとは極めて珍しい。どれほどの勇気がいったことだろう。

 しかも、彼女が志した舞台女優(いわゆる新劇の女優)は、経済的に恵まれない。現在でも小劇場の俳優は本業だけではなかなか暮してゆけないが、当時はなおさらだろう。

 本書には「貧乏」という言葉がしばしば出てくる。女優というと一見華やかに見えるが、決してそうではない。著者は、伊澤蘭奢が貧乏暮しをしながら新劇女優を続けていったことをきちんと抑えている。

 なぜ、貧乏暮しに耐えたのか。彼女には、舞台は「芸術」という強い想いがあった。チェーホフの「桜の園」のラネフスカヤ夫人で好評を博した女優として、芸術に関わることに誇りを持った。彼女はいわば「芸術の人」であることに喜びを見出した。

 経済的に豊かになるよりも、芸術ひと筋で生きる。一時、当時隆盛してきた映画に出演したこともあったが、彼女にとっては、あくまでも映画より舞台だった。

 ちなみに、この考えは現在でも続いていて、ハリウッドのスターも、ブロードウェイの舞台に立ってはじめて俳優として認められる。キャサリン・ヘプバーンが俳優たちにいまだに尊敬されているのも舞台に立ったから。

 蘭奢が活躍した大正時代は、「芸術」に光が当った時代だった。明治が「富国強兵」「殖産興業」の実利の時代だったとすれば、大正時代は、少し余裕が出て、「芸術」の価値が高まった。伊澤蘭奢はその意味で、大正の申し子だったと言える。

 蘭奢の没後、彼女を回想する男たちもまた「芸術」を愛する大正の人間だった。四人の男たちが登場する。

 パトロンであり愛人でもあった内藤民治、親類にあたる年下の徳川夢声、彼女の崇拝者で東京帝大の学生だった福田清人、そして息子の伊藤佐喜雄。

 この四人はいずれも芸術と関わる。内藤民治は実業家だが文芸色の強い「中外」という雑誌を出し、大正期の新鋭作家・谷崎潤一郎や佐藤春夫の作品を掲載した。福田清人と伊藤佐喜雄はのちに作家になる。夢声が活弁士から俳優、さらに文筆家になるのは言うまでもない。

 つまり、男たちは蘭奢の「芸術」への想いを確実に受け継いでいたことになる。本書は大正文化史にもなっている。

新潮社 波
2020年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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