『鳥』
- 著者
- ダフネ・デュ・モーリア [著]/務台夏子 [訳]
- 出版社
- 東京創元社
- ISBN
- 9784488206024
- 発売日
- 2000/11/17
- 価格
- 1,100円(税込)
書籍情報:openBD
特殊撮影技術で見事に映画化 謎と恐怖に包まれる“鳥の襲来”
[レビュアー] 吉川美代子(アナウンサー・京都産業大学客員教授)
毎朝、我が家のベランダにはスズメたちがたくさんやって来る。私が撒く米粒目当てだ。あまりにその数が多いと、つい呟いてしまう。「ヒッチコックの鳥みたい……」
原作は文庫本でわずか60ページ弱の短編である。映画はヒッチコック好みの金髪美女と頼もしい二枚目が主人公で、アメリカ・カリフォルニアの港町が舞台となるが、原作は英国、ロンドンから300マイル離れた海辺の田舎町での物語だ。
傷痍軍人のナットは週三日農場の手伝いをしながら、妻と子供二人と暮らしている。ある日、何の前触れもなく季節が冬に変わり、あらゆる種類の鳥たちが落ち着きなく空を飛び始める。ナットは何となく不安を感じる。そして読者も。
短編なので、登場人物は少なく、余計な描写や会話や伏線となるような部分がない。だから、不安はすぐに恐怖へと変わる。あっという間に町は鳥たちに襲われ死に絶える。ナット一家はラジオ放送で国家レベルの緊急事態宣言が出されたことを知るが、翌日になるとラジオからは何の音も流れなくなる。
すべての窓に頑丈な板を取り付けたナット家に夜がやって来る。鳥たちの攻撃が始まる。窓が破られることはないだろう。だが、木製の玄関ドアを鋭いくちばしで執拗に集中攻撃する大型の鳥たち。打ち砕かれる木の音を聞きながらナットが1本だけ残った煙草を吸うところで物語は終わる。
映画では主人公たちが無事、車で町を脱出する。逃れた先も決して安全ではないという暗示はあるものの、とりあえずホッとできるラストシーンだ。ハリウッド映画として大ヒットを狙うためにはあまりに暗い悲劇的な結末はNGだったのだろう。
だが、原作は違う。絶望に覆われた最後の一行を読み終えた後、読者は謎と恐怖の中に取り残される。
短編小説から映画。しかもCGのない時代、当時の特殊撮影技術で鳥に襲われる恐怖を観客に実感させた監督、脚本・撮影・編集など制作陣の才能は見事だ。
今朝はスズメだけでなく椋鳥もベランダにやって来た。椋鳥は大きくて気が強い。怖いかも……。