「私もまさか、ああいうラストになるとは、思いもしませんでした」。新井素子の新作は閉塞感を打ち破る日常系SF。『絶対猫から動かない』刊行記念インタヴュー

インタビュー

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絶対猫から動かない

『絶対猫から動かない』

著者
新井 素子 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041088234
発売日
2020/03/28
価格
2,420円(税込)

書籍情報:openBD

「私もまさか、ああいうラストになるとは、思いもしませんでした」。新井素子の新作は閉塞感を打ち破る日常系SF。『絶対猫から動かない』刊行記念インタヴュー

[文] カドブン

新井素子さんの新刊『絶対猫から動かない』は、とにかく最初から最後まで、どこに話が進んでいくのか全くわからない。不思議な物語構造、リアルで共感度が高くしかし何をするのか予想もつかない人物たち、ジェットコースターを何周もするように、コーヒーカップでぐるぐると回転させられるように、固定観念や予測が裏切られ、翻弄される楽しさを味わえます。
そしてこの小説は40年前に書かれた名作『いつか猫になる日まで』のアンサー小説でもある、らしく……聞きたいことで頭がパンパンになったカドブン編集長(少女時代からの新井素子ファン)が、みなさんに代わって突撃インタヴューさせていただきました!

まずは、あらすじを簡単にご紹介しましょう。

56歳の大原夢路は、ある日、地震で止まった地下鉄に数分間閉じ込められる。その日から、毎晩、同日同刻の車内にいる夢を見るようになったのだ。その時空には人類を捕食する恐ろしいいきもの「三春ちゃん」が! 生き延びるため夢路は親友の冬美や、氷川稔、村雨大河らちょっと頼りない大人たち、たまたま居合わせた中学生たちとともに、おずおずと戦い始めるのだった。

「私もまさか、ああいうラストになるとは、思いもしませんでした」。新井素子の...
「私もまさか、ああいうラストになるとは、思いもしませんでした」。新井素子の…

■「裏切られる」ことがこんなに面白いとは!?

――結末がどうなるか全く予測がつかない、向かっている方向すら予想できないというわくわく感がたまりません。文芸カドカワ→カドブンノベルで連載された本作ですが、当初はどのくらいまで計算してこの展開にされたのでしょうか。

新井:ほぼ、計算していません。私本人がどこへ向かって行くのか全然わからなかったんですよ。ここまで長くなるとは思わなかったし。

――スタート時に編集担当から、『いつか猫になる日まで』(以下『いつ猫』)の50代版(アンサー小説)を書いて欲しい、というオファーがあったと伺いました。それを聞いてどんな風に感じましたか。

新井:そういう依頼のされ方は初めてでしたし、そういう発想でお話を考えたことがなかったので、単純に面白かったですね。なにせ野良作家で、お題があって小説を書くということがなかったもので。

――『いつ猫』を彷彿とさせる軽やかな一人称の文体に、今回は年齢も立場も本当に多様な登場人物――それぞれに合わせて書き分けるのは大変でしたか。

新井:この小説には四人の一人称が登場します。もちろん、メインは(大原)夢路さんですが、氷川(稔)さんで書いているときと、村雨(大河)さんで書いているときと(佐川)逸美ちゃんで書いているとき、それぞれで気持ちが全く違いますから、特に文体を変えようという意識はなかったですね。でも、楽しかったですよ。夢路さんが見ているものを、氷川さんから見ると微妙に違うんですよね。まったく同じシーンなんだけど、誰が見ているかで意味するものが違ってきちゃうでしょう。あれは書いていて本当に楽しかったですね。

「私もまさか、ああいうラストになるとは、思いもしませんでした」。新井素子の...
「私もまさか、ああいうラストになるとは、思いもしませんでした」。新井素子の…

――ああ、このキャラクターにはこう見えていたのか、と、書きながら発見していく感じですか。

新井:発見というか、私、書いているときはその人自身だから。氷川さんになりきって書いているときは、村雨さんが何考えているか全然わからないんです。村雨さんとして書いているときは、「なんで夢路さんは僕にこんなことを言ってくるのかな」と思いながら書いている。

――えーっ(笑)。そこまでとは! 多彩な視点を担う登場人物たちの年齢や属性についてはかなり計算されましたか。

新井:いやあ、そんなには考えてないですよ。だって、あのお話、実は30代と40代が全然出てこないんです(笑)。

――でも、すごくいろいろな人と冒険した気がするんですよね。それぞれの配置が絶妙だからでしょうか。

■「氷川さん、死んでもらったら」と担当編集は言った

――このお話の発想のタネはどこから生まれたのですか。

新井:実は「夢路さんが地震を感知できる能力がある」というところからです。

――冒頭に登場する「ういやっ」という、あの感覚ですね。

新井:普通の人たちは絶対感知できなくて、彼女だけが地震が起きたことを感知できる環境ってどこだろうって考えたら、地下鉄かなって。

――ああ! それで地下鉄が舞台に選ばれたんですね。

新井:それなりに大きな地震だったら、地下鉄でも止まりますよね。でも、乗客は地震が起きた瞬間は誰も気づかないと思うんです。だから、夢路さんだけが感知できて、後から客観的にきっちり地震が起きたことが確認できる環境、という条件としても地下鉄がベストかな、と。

――なるほど。そこまで考え抜かれた設定にも拘らず、これまた面白いのが、彼女の地震が感知できる能力そのものは、本編ではさほど役には……。

新井:そう! 全く役に立たないのよね。

――もちろん「呪術師」「地球と繋がっている人」としては重要な人物ですし、「夢の内容をすべて覚えている」という別の能力は大活躍するわけですが。

新井:「呪術師」と言えば、もちろん今では納得しているんですが、執筆中は、その呼び方にしてちょっと失敗したなあと思っていたんですよ。私は出来上がった原稿を必ず音読してから出版社に渡すのですが、「呪術師」ってものすごく言いにくいでしょう。音読中に何度嚙んだかわかりません。「ドラゴンスレイヤー」とか「陰陽師」とか、なんでもっと言いやすい呼び名にしなかったんだろう、って音読するたびに思っていました(笑)。

――いえいえ。「呪術師」という呼び名はファン的に外せません! そして夢路さんをはじめ、活躍する人物が少しずつ変化していくところも魅力の一つです。特別な能力を持っており、物語を起動した夢路がのちのち記録者的な立場になり、その分他のメンバーがぐぐっと立ってきたり。

新井:途中から、氷川さんがいいところをみんな持っていきましたしね!

――そうです! 氷川さんは段々カッコよくなりました。最初はなんて自己中なやつなんだ、と思ってイラッとしていたのですが。途中から、あれ、この人なんだかカッコいいぞ、と。

新井:出だしの頃は、担当の編集者さんも氷川さんのことが嫌いでね。「誰か亡くなったほうが展開上盛り上がりますよ。氷川さんとか(死んでもらったら)どうですか」、なんて言ってくるものだから。私の努力目標として、担当さんに氷川さんをカッコいいと思わせる、というのがありました。

――すごい目標(笑)。それは完全に達成されましたね。村雨さんも最初は頼りないおっさんだなあと歯がゆかったのですが、ここぞというときの行動力がすごい。最後にはなんと三春ちゃんに……(以下ネタバレ自粛)。

新井:書いていて、一番何やるかわからないのが村雨さんでしたね。まあ、でも、今回は誰を書いていても楽しかったのですが。

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■「捕食者」の圧倒的な孤独とは

――夢路さんたちを地下鉄の夢に閉じ込めた人外の悪役「三春ちゃん」についても、読み進むにつれてどんどん印象が変わっていきました。

新井:三春ちゃんはね、一貫して「捕食者」なんですよ。捕食者と捕食されるものっていうのは別にそんな絶対的な敵対関係ではないのではないかと。例えば、普通、畜産農家さんや酪農家さんが牛に対して敵だとは思わないと思うんですね。私たちのほうが捕食者の側で強い立場だからかもしれないけど。しかも、三春ちゃんの場合は、捕食される側との間に会話が成立しちゃうわけだから、それは捕食者としては結構きついと思うんですよね。

――確かに、牛としゃべれる人間がいたら苦しいかもしれません。三春ちゃんが抱えている、圧倒的な孤独感の正体はそれなのでしょうか。

新井:例えば、売られていくときって牛にもわかると思うんですよね。「ドナドナ」ってそういう内容の歌ですし。そして、牛がわかっているってことを、売る人もわかっていて、牛を引いていく人もわかっている。そう考えると、なんだか、うわーってなりませんか。猫とだってある程度の意思疎通が図れるわけだから、牛だって鶏だって豚だって、きっと何かは考えていますよね。池の鯉だって考えているかもしれない。手をたたいたら寄ってくるということは、何かしらの思考はしているはず。そう考えはじめると、今度は、じゃあ植物は何を考えているんだろう、とか。そういう変なことをいろいろ考えるのは好きですね。

――まさに『グリーン・レクイエム』の世界ですね! 新井作品の中には、すべての生き物に対する平等感とか対等感が流れているように思うのですが、そういう感覚は小さい頃からお持ちでしたか。

新井:うーん。もともと私は、あまり人付き合いがちゃんとできるような子どもではなかったので、人の気持ちを忖度しつつみんなでちゃんと遊ぶということより、池の金魚は何を考えているんだろうとか、この柿の木はぽろぽろ木肌が剥がれているけど、痒くないんだろうかとか、そういうことを考えているほうが好きな子どもでした。友だちと遊ぶより、空想したり本を読むほうが好きだなんて、子どもとしては致命的にまずいと思うのですが(笑)。

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「私もまさか、ああいうラストになるとは、思いもしませんでした」。新井素子の…

■日常が小さいからこそ、物語の宇宙は無限に拡がる

――今回の作品は『いつ猫』同様、人類といったSF的な大きなものの考え方と、コーヒー代を誰が支払うか、といった日常の些細な出来事が、まったくの地続きで書かれているところも魅力の一つです。

新井:私の日常がきっととても小さくて狭い範囲で行われているから、それでじゃないかしら。

――例えば、カフェで四人掛けのテーブル二つを「お店の人に断ってから」繋げたという描写とか、長居して悪いから1時間ごとに新しい飲み物を注文することを中学生たちに課していて、みんな水分でお腹がたぷたぷになってしまったとか。その小市民的でリアルなやり取りが面白くて。

新井:話を進めるためには全然書かなくていいことなんですけどね。でも、コーヒーショップを仕事で使っている方が周りにいたら、女子中学生十人連れて入るとか気を使いますよ。かといって病院の待合室に中学生をぞろぞろ連れて行くわけにもいかないし。

――そういう、日常感覚を大事にしながら、人外のものと戦っていく。リアルな日常描写の延長線上にあるからこそ、うわっと自分の中のなにかを一気にさらって、別世界へ向けて解き放ってくれるような気持ちよさがありました。

新井:日常をちゃんと描くのはわりと好きですね。『いつ猫』のときも、主人公の女の子が買ってくる昼ごはんが「なんで毎回ハンバーガーばっかりなんだ」ってメンバーから文句言われるんです。でも、あの頃の石神井公園にはテイクアウトできる店っていったらマクドナルドとパン屋さんくらいしか本当になかったんですよ。ケンタッキーはなかったの。『いつ猫』のお話の中って、一応、戦争中なわけでしょう。なのに、なんで女の子が弁当作ってこないんだ、とかそういう莫迦なことを言い出す人がいなかったのは、本当に幸いなことでした。

――本作『絶対猫から動かない』では、たくさんの登場人物のほぼ全員に、重要な役割や見せ場がきちんと用意されていたのも見事でした。しかも、どんどん主役的な立場が入れ替わっていくという。月並みな言い方ですが、誰にでも必ず活躍できる場所がある、それぞれが違うからこそいいんだということが素直に味わえて、パワーをもらえます。

新井:ありがとうございます。そうですね。最後に主役まで入れ替わっちゃいましたしね。私も、まさか、ああいうラストになるとは思いもしませんでした。

――えっ、結末まで……(笑)。それでは最後に、新井さんにとって「猫」が象徴するものとは何でしょうか。

新井:「猫」が表しているもの……。本編にも出てきますが、やっぱり「縁側ひなたぼっこ」でしょうか。自分が会社勤めをしたことがないから、定年というものを双六の「上がり」みたいに思っているところがあって。「猫」っていうのは、その「上がり」の大きなマスの中に寝そべっているようなイメージですね。でも、最近は縁側のあるおうちもほとんど見かけなくなってしまいましたよね。猫を外に出しちゃいけないって言われるし。縁側文化ってなくなってしまうのでしょうか。急に縁側問題が気になってきました(笑)。

■インタビューを終えて

 新刊『絶対猫から動かない』は、たくさんの登場人物が絶妙なバランスで配置されていて、物語の構造、展開もとても緻密です。さぞかし精巧な設計図をもとに描かれているのだろうとお話を伺ってみたのですが、予想に反して概ね「そんなに意識はしていない」というお答えでした。きっと新井さんの脳の中では超高性能コンピュータが無意識下で稼働しているに違いありません。
 この物語はとりわけ、読んでいただかないと面白さが伝わりづらい作品です。「ある地下鉄の一車両の中で起こる数分間の出来事を繰り返し描きながら、定年退職した男性やら、50代の介護離職した主婦やら、女子中学生たちやらが、人外のものに戦いを挑むお話」。こう紹介されても、何のことやらさっぱりわかりませんよね。でも、騙されたと思って、一度、お手にとっていただきたいのです。
 人生に不安を抱えた普通の人間たちが、絶対的ヒーローもいない中で右往左往しながら、なんとかましな未来を勝ち取るために立ち上がっていく様は、世の中捨てたもんじゃないかもしれない、と思わせてくれるもの。毎日の生活にくたびれ始めた「大人」にこそ読んでいただきたい作品です。
 閉塞感や無力感を感じている心が、一気に解放されていく心地よさを味わっていただけると思います。いや、ほんとに。騙されたと思って読んでみて!

▼新井素子『絶対猫から動かない』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321907000126/

撮影:橋本龍二 取材・文:編集部

KADOKAWA カドブン
2020年5月29日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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