<東北の本棚>神と人の供宴ほうふつ
[レビュアー] 河北新報
鶴岡市櫛引の黒川集落に伝わり、室町時代から続くとされる国重要無形民俗文化財「黒川能」を紹介する。半世紀前からの取材を基に描いた神事のさまは、神と人の供宴をほうふつとさせる。東北の精神性を浮き彫りにした労作だ。
黒川能のメイン舞台は、2月1、2日に春日神社で行われる「王祇(おうぎ)祭」だ。集落は神社を境にして、氏子が上座と下座に分かれる。ご神体である王祇様2体が神社を出立し、上座下座それぞれの神様の宿である「当屋(とうや)」に降りる。そこで夜を通して能や狂言が奉納されるのだ。
最初に行われる「大地踏(だいちふみ)」は、悪霊をはらい、大地の精気を目覚めさせる重要な儀式で、4~6歳の稚児が神の子を演じる。他の演目も少年がワキを務めることが多い。祭りは540番あるという黒川能の後継者を育て、文化をつなぐ場でもある。
十分にもてなしを受けた2体の王祇様は2日目、合流して神社に戻り、さらに能が奉納される。上座下座が心を一つにして、集落の安穏や五穀豊穣(ほうじょう)を祈る。
王祇様にささげるとともに、住民に振る舞われる豆腐を焼く「豆腐炙(あぶ)り」の作業は集落総出で行う。祭りは地域の結いそのものだ。
王祇祭が終わると、まだ雪原が広がる田んぼに堆肥を引く農作業が始まる。3月の祈年祭や11月の新穀感謝祭などでも奉納される黒川能が、四季の暮らしに根付いている。
著者は平凡社の雑誌「太陽」編集者として、各地の民俗芸能を取材した。黒川能は1964年、山形市の農民詩人真壁仁(1907~84年)の詩に導かれて取材を始めた。
20年に1度、王祇様の衣替えをする式年祭を2018年に訪れたときの逸話が美しい。嵐の中、天候に気をもんでいた著者は、和やかに神事を行う黒川の人々に感銘を受ける。自然を受け入れる東北人の心を鮮やかに映す一幕だ。
集英社03(3230)6080=3960円。