『バリ島の影絵人形芝居ワヤン』
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バリ島の影絵人形芝居 ワヤン 梅田英春(ひではる)著
[レビュアー] 隈元信一(ジャーナリスト)
◆40年近い実演と研究実る
インドネシアのバリ島は、世界中から観光客を吸い寄せる「神々と芸能の島」として知られる。渡航自粛の時期が過ぎたら、訪ねたいと考えている人も多いに違いない。
私は一九八五年、初めて取材に行って以来、伝統芸能の魅力に取りつかれた。青銅製の打楽器を中心にしたガムラン音楽、華麗な舞踊……。
本書が取り上げるワヤン(影絵人形芝居)は、ジャワ島の方が有名だ。ガムランの音色とダラン(人形遣い)の巧みな手さばきや語りで展開する古代インド叙事詩「マハーバーラタ」や「ラーマーヤナ」の世界。同じ演目でジャワとどう違うのか。知りたくても先行研究は乏しく、まともな図録もなかった。
本書のうたい文句が「世界初、バリ島のワヤンの本格的な図録」となっているのは、決して誇張ではない。研究水準を保ちつつ、見やすいカラー写真と装丁で、分かりやすい解説が盛り込まれた書物は、現地語でも英語でもこれまで存在しなかった。
著者は、音楽大学の一年生だった八三年からバリに通い始めた。八六〜八八年には、バリにあるインドネシア芸術アカデミーのワヤン専攻で初の外国人留学生として、ガムラン演奏やダランの修行に打ち込んだ。四十年近い実演と研究の蓄積が本書に実った。
構成は二部に分かれる。第一部は概観で、ワヤンの歴史からバリのワヤンの誕生、上演形態や演目の特徴、人形の図解や製作方法まで、平易な言葉で説いていく。
第二部は、百八十体近いワヤン人形の図録だ。鮮やかな写真を通じて、例えば目の形や肌の色の違いで人形の性格を表す工夫が伝わってくる。
第二部の標題は「ワヤン人形図鑑」。ジャワのワヤン研究者で、日本ワヤン協会を主宰した松本亮(りょう)の『ワヤン人形図鑑』(八二年、めこん)に敬意を込めたのだろう。三年前に他界した松本の飄々(ひょうひょう)とした笑顔が思い浮かぶ。
研究のたすきリレーのおかげで、日本語の図録を見ながら、ジャワとバリのワヤンを現地で鑑賞できる。その幸福感を早く味わいたいものだ。
(めこん ・ 5500円)
静岡文化芸術大学教授・民族音楽学。著書『バリ島ワヤン夢うつつ』。
◆もう1冊
皆川厚一編『インドネシア芸能への招待』(東京堂出版)