旨い酒肴に人情が絡む 居酒屋を舞台とした時代小説

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かんばん娘 : 居酒屋ともえ繁盛記

『かんばん娘 : 居酒屋ともえ繁盛記』

著者
志川, 節子
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041089101
価格
1,925円(税込)

書籍情報:openBD

旨い酒肴に人情が絡む 居酒屋を舞台とした時代小説

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

 本書の舞台となるのは、神田花房町(はなぶさちょう)にある居酒屋「ともえ」だ。店名の由来は、店の女将(おかみ)であるお蔦が、喧嘩沙汰を起こした客を一喝。店から追い出したことで、女の器量といい、勇ましさといい、巴御前も顔負けだと喝采を浴びる。このことから、当初の店名だった「白菊」が「ともえ」に変わったというわけだ。

 物語の主人公は、この居酒屋に集う人たちということができるが、一応の軸となるのは、今年十四になる店の手伝い、なずなである。なずなの母おふみは、いま身体をこわしているが、お蔦の亭主龍平とおふみの亭主左馬次(さまじ)は共に水主(かこ)で、兄弟揃って難破した住吉丸に乗船。従ってお蔦となずなは、伯母と姪の間柄というわけだ。なお、龍平の死は確認されず、左馬次も行方が分かっていない。

 第一話「鮟鱇(あんこう)」は、いまでいうベンチャー企業を立ち上げようとしている梅川屋七兵衛が、鮟鱇のぶよぶよで一儲けしようと一計を案じる話と、なずなが一種不条理な大人の世界に少しだけ首を突っ込む話が二つながらに描かれている。第二話「かんばん娘」は、なずなが「ともえ」に必要不可欠な存在になろうと奮闘する物語に、刀鍛冶の師弟の話が絡む、というように大人の事情を絡めることによって、なずなの成長譚になっていることが了解されよう。「ともえ」の板前寛助の過去と、聞いてびっくり、「ともえ」の常連早野さまの正体が分かる「出世魚」など計五篇。作者はこの早野さまの武士としての格をきちんと描き分けていて秀逸。

 また、冒頭の二篇で、いきなり作中人物にとって大切な人が死に、また、なずなの父が行方知らずであったりと、そうした「死」や「不在」に許されて私たちは生きているとしたり、ラストも予定調和でなく、幸せというのは、またはじめからつくればいい、という作者の深い人間観照が一本、物語を貫いているのはさすが、というしかない。

新潮社 週刊新潮
2020年6月4日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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