「小劇場」誕生の経緯を綴った私的ドキュメンタリー

レビュー

10
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芝居小屋戦記

『芝居小屋戦記』

著者
菱田信也 [著]
出版社
苦楽堂
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784908087110
発売日
2020/04/28
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

「小劇場」誕生の経緯を綴った私的ドキュメンタリー

[レビュアー] 篠原知存(ライター)

 3年前、神戸の三ノ宮駅近くに私設の芝居小屋がオープンした。新築4階建て、客席数100。舞台は総ヒノキ。多目的室で稽古ができて、楽屋にはシャワー完備。なるべく経費を安く抑えて、かつ快適に利用してもらうのがコンセプト。演者や作り手のニーズを知る演劇人が「理想」の小劇場を目指している。

 同劇場の芸術監督で、開場準備にも携わった劇作・演出家が、自身の体験談に関係者のインタビューを交え、誕生の経緯や運営の裏話などを綴る私的ドキュメンタリー。軽妙洒脱な文体で、劇場のバックステージツアーを楽しませてくれる。

〈「劇作」でおカネなど稼げません。たとえるならば、山の奥深くで一切売りにも出さない陶器を焼いては割り、焼いては割りしている浮世離れした仙人気取りの人と同じ〉

 役者も食えない。演劇で生計を立てられる人は一握り。東京でも難しいが、関西では〈その可能性はまずない〉。しかし、著者の芝居仲間の役者に「劇場に正社員として採用され、稽古も業務として給料が出る」という嘘みたいなオファーが……。

 映画祭初日の観客がたった1人とか、失敗談もあけすけに語られる。自主公演の収支も詳述し、劇場オーナーである医療法人の理事長を「赤字はナンボまで?」と直撃する。笑い転げつつ、通して読むと舞台表現にかける思いがビシバシ伝わってきて、こちらも胸が熱くなる。

〈自分の仕事は後には残らず消えてしまう、しょせんは「形のないものを作る」こと〉と著者。でも記憶は残るから〈「あの時、おもろかったなぁ」というお客様の思いが建物の中に積み重なっていく。そんな、形の残る劇場を作っていきたい〉。

 コロナウイルス禍で、演劇も音楽ライブも軒並み自粛。誰かと時空を共有するあの感覚が恋しい。状況はすぐには好転しないかもしれないけれど、情熱はきっと不滅。コロナが明けたら、劇場に行きたい。

新潮社 週刊新潮
2020年6月4日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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