文化人類学的SF 両性具有の美しいラブストーリー
[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)
お題は「男と女」だが、『闇の左手』には、男女のカップルは出てこない。男×男も、女×女もナシ。なぜなら舞台である惑星ゲセンの住民は、遺伝子実験の結果、両性具有になっているからだ。
そこに、惑星間での人類同盟をめざすエクーメンから、外交使節としてゲンリー・アイという男がやってくる。
だが異世界での交渉は進まず、政略に巻き込まれた彼は、追放された元宰相のエストラーベンとともに、真冬の大陸を横断する過酷な旅をすることになる。
ヒューゴー賞とネビュラ賞を受賞した名作である。作者のアーシュラ・K・ル・グィンは、ジブリが映画化した『ゲド戦記』で有名だが、あちらは神話的ファンタジー、こちらは文化人類学的SFといったところ。
ゲセンは人類がはるか昔に植民地とし、その後放棄した惑星で、独自の社会を作っている。作品中では政治システムから創世神話、民話までが精緻に語られ、異世界がリアリティをもって読者の前に立ち上がる。
両性具有の設定も考え抜かれていて、子孫を残す方法や出産のしくみも「そう来たか!」という驚きと痛快さがある。発表時はフェミニズムSFとして話題になったというが、今読むと、思考実験として面白い。
男×女、男×男、女×女のどれでもなくても、これほど美しいラブストーリーが成立するのだ。加えて壮大な冒険小説でもある。ジブリはこちらを映画化すべきだった。