皇族も自由を求めている 島田雅彦の皇室小説を新聞記者の望月衣塑子はどう読んだのか?

対談・鼎談

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スノードロップ

『スノードロップ』

著者
島田 雅彦 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103622109
発売日
2020/04/24
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

皇后陛下が立ち上がる時

[文] 新潮社

「ダークネット」の可能性

島田 雅子皇后は父親が外務省の高官だったので、官僚組織側からのプレッシャーも受けていたのです。最近になってようやく桎梏から解き放たれたのではないでしょうか。しかし、宮内庁はどうしても政権の側に立って発言を調整するので、本当のご意志はわかりません。そこで、現上皇ご夫妻が自分の言葉で国民に語りかけた先例を進めて、折々の政治に対する不満や自分の意見をカジュアルに公表できるようになれば、どれだけ刺激的だろうと想像してみたんです。

望月 で、不二子皇后は「ダークネット」での活動を始めるわけですね。とても面白かったです(笑)。ジャスミンというハッカーを私的に雇い、クローゼットの中のPCから「スノードロップ」というハンドルネームで本音を発信する。まるで北村滋国家安全保障局長のような人が登場して、ネット上での発言を止めさせようとするけれど、強い意志で調査を拒絶します。ジャスミンのような侍女がいれば、閉じられていた世界がワッと開く可能性がありますね。

島田 実際、高円宮様のお宅では大学の学生課に侍女の公募を出していたんです。

望月 そんな風に集めてる……(笑)。

島田 侍女は公務員ではなく、宮家が個人的に雇うものです。で、久子さんが面接し、個人の裁量で決めているんです。だから、こっそりネットスキルの高いハッカーを雇っても不思議じゃない。

望月 ネットの影響力は増しています。3年前から官邸会見に出ていますが、昨年11月8日に共産党の田村智子議員が「桜を見る会」について質問し、安倍首相の後援会のご接待ではなかったか、という疑惑を追及した時に大きく空気が変わりました。質問が出た直後は世間ではあまり話題にならなかったのですが、ネットでは最初から大騒ぎだったのです。

島田 そう、「桜疑惑」はテレビも新聞も、最初はスルーしたり、表面的に触れるだけだったり、という状況でした。

望月 土日を挟んですごく広がって、私がSNSでフォローしている人はみんな怒っていて、「炎上」という現象を体感しました。でも、大きく新聞に取り上げられていなかったのです。私が菅義偉官房長官に疑惑について質問すると、秘書官がすごい勢いで走ってきて、用意された紙をパッと渡しました。ちょっと前までは官邸も「テレビや新聞を抑えていればいい」という感じでしたけど、今はネット世論が影響を与えていると実感しました。もちろん、安倍シンパも政権支持のツイートをがんがん広めていますが、市民が怒りを発信するパワーもすごい熱量です。森友・加計が盛り上がっていた頃と比較しても、ネット上での市民の分析力、情報発信力が格段に上がっています。

島田 桜疑惑ならば法的規定をどう適用するか、今のコロナウィルス禍ならば防疫上の問題について、研究者などの専門家が積極的に見解を公表しています。もう、為政者側が「由らしむべし知らしむべからず」という態度を貫くことはできません。その空間に皇后が自ら参加するわけですから……。

望月 ぞくぞくします。

島田 もともと、文学などたいしたものではないけれど、時の政治からは自由でいることはできます。世間からドロップアウトした人間の営みですから、公的権力にはすがれないし、行政に便宜を図って貰えない。でも、それを覚悟すれば、好き勝手に書けるのです。そして、私のような立場から見れば、自由な発言や行動を許されない皇族は待遇改善が必要だと判断し、小説の形で余計なお節介をして、可能性を示唆してみたわけです。

望月 2年前、私の書いた『新聞記者』という本を河村光庸さんというプロデューサーから映画化したいというお話を頂きました。安倍政権を批判したノンフィクションを、映画のようなフィクションの形にしたらメッセージ性が弱まる気もしたのですが、作品はいくつもの映画賞を受賞するなど大きな反響がありました。文学や映画などの芸術作品は日々のニュースとは別の形で、人々の心にダイレクトに突き刺さっていく力を持っています。ですから、『スノードロップ』のメッセージが、皇族を含めて、この国を動かすといいですね。

島田 組織の都合に服従しなければならない官僚たちも相当のストレスを感じているはずです。頭の悪い政治家の尻拭いばかりでは疲れるでしょう。でも、官僚の自己実現は同期の中で一番出世するかどうかだけですから、模擬試験で全国一位を獲るような感覚で残る人が出世し、平気で嘘をつくようになります。
 しかし、その出世競争から抜けた人たちは生き生きしています。外交官、警察官、裁判官や検察官、あるいはジャーナリストを含めて、虚構という形式で、実は内部告発に近い作品を書いており、面白いものが多いです。覚悟して職を捨て表現することを択ぶわけですが、自分が所属してきた組織を裏切ったわけではなく、風通しの良さを取り戻して欲しい、という祈りと共に書いているはずです。

望月 日本は同調圧力に屈するだけの国になると危ないです。権力に都合の悪い情報でもあえて追求し、表現する自由を確保する道にこそ、強い社会を作るために必要な人間と思想の多様性を育むことになると気づいていい時です。

島田 匿名が多いですけど、ディープな内容の匿名の書き込みや告発がSNS上に出ています。もちろんフェイクも混ざっていますが、私が作家になった30年前と比較したら、情報の入手が圧倒的に容易になっています。本当に食えなくなったらユーチューバーになればいいし、生き方の選択肢が増えています。皇室もその流れに乗って欲しい(笑)。

皇族も自由を求めている

望月 「生前退位」は、天皇の側からの「自由」を求める行動とも解釈できます。島田さんは、どうお考えですか?

島田 政治的な制約から自分のご意志を発揮できない中、よく決断されたと思います。しかも、理由が国民目線で、昭和天皇のご病気による「自粛」は当時の日本経済に途轍もないブレーキを掛けましたし、文化、芸術活動も止まって市民生活が停滞しました。だから、自分が高齢で長患いした場合、同じような停滞をもたらすことを避ける配慮もあった。

望月 政権の改憲圧力に対して、護憲のためのタイミングを択んだという説もありますが、いかがでしょうか?

島田 上皇は不偏不党という原則を忠実に守っています。同時に、護憲天皇というイメージを強烈に打ち出してきました。憲法1条の規定により自らの身分や地位を担保されているのだから自然な選択ですが、日本国憲法を蔑ろにする政権とは本来相容れないんです。
 戦後の昭和天皇と平成の代で共通するテーマは平和への希求です。「象徴」として政治的な実権を伴わない存在がなすべきことは、もう突き詰めて考えると、ローマ教皇やダライ・ラマが果たしているような世界平和の提唱しかないと思うのです。理想主義に過ぎないのかもしれませんが、今上陛下には、前天皇がやり残した仕事をもう一歩進めて、パワー・ポリティクスの対抗軸たりうる国際協調の象徴になられることを期待します。もともと、天皇は宗教の祭祀であり、メンタルな面、スピリチュアルな領域の権威でもあるので、ダライ・ラマやローマ教皇のような役割は果たせるはずです。

望月 『スノードロップ』を読んで、皇族でもいろんなことができるものだな、と妙に感心しました(笑)。

島田 ナチスは選挙で第一党になり、その後、国会を停止し、独裁政権を作りました。権力を握った後は、勝手に法律を変え、やりたい放題でしたが政権の座にいたのはそう長い期間ではありません。現政権はナチスの手法を真似ていますが、ヒトラーは天皇に嫉妬していたんです。自分の権力は力ずくで奪ったものだけれど、天皇の権力は伝統に基づいており、何もしなくてもみんな崇拝し、服従してくれる。どんな独裁者も天皇のようにはなれないのです。

望月 天皇が背負っている歴史と伝統に希望を託されているわけですね。私も、プロンプターの原稿を読むだけの総理大臣とは別の権威があって欲しいです……。

島田 でも、大日本帝国の「大元帥」としての天皇という形の超越的な権力は置くべきではないと考えています。やはり、政治的な実権を持っていない「象徴」が最良の形です。しかし、天皇は国事行為として、行政府の人事や決定事項を追認するという形で政治利用されてきました。時の権力から完全に自由な立場はありえませんが、政権がはっきり間違った決定をしていると判断できる場合、天皇はどこまで自分の意志、良心に忠実でいられるのか。ギリギリまで法解釈してみると、サボタージュという方法ならば可能なのです。御名御璽する手が痛いとか、判子が割れてしまったとか(笑)。

望月 島田さんは、対政権だけでなく、対米関係にもかなり踏み込んだ認識を示されています。安倍政権下ではより対米従属の流れが強まりました。天皇皇后両陛下も影響を受けますか?

島田 日米安保体制が続く限り、日本は実質的にはアメリカの従属的同盟国です。日本の総理大臣の上にアメリカ大統領がいる。天皇も、歴史的には戦後、アメリカにより退位という方向に行かず、「象徴」という形でリサイクルされました。ただ、今、対米従属が当然の前提となり、日本とアメリカが戦争したことすら忘れられている中、日本国憲法に規定された天皇の存在は、権力構造の埒外にあると受け取ることもできるのです。

望月 確かに憲法を決めたアメリカ人たちの影響力など、みな消えています。

島田 日本の総理大臣の指示にも距離を置くし、アメリカ大統領の言いなりにもならない。天皇は誰にも従属せず、より強力に国際協調のスタンスで世界と連帯する「象徴」となるほかないんですよ。

望月 私たち庶民は、当然に時の政治に翻弄されるわけです。でも、皇室が「もっと自由であれ」といった風を吹かせてくれたら励まされますね。

島田 今上陛下が上皇と違う天皇像を模索しようとする時、次はどこを狙うのか。とりあえずの処方箋を書いてみたわけです。そういえば、今上陛下はよく山登りをしていて、すごい脚力らしいですね。

望月 自然保護という目標もありえます。

島田 反原発や地球温暖化対策も視野に入ってきますね。

望月 ところで、この小説は内閣情報調査室にチェックされますかね?

島田 政権は読むんじゃないですか。まあ、総理大臣は無理としても、皇族の方々にはぜひ読んで頂きたいです。

望月 年末、永田町界隈の人から、「女性天皇の実現を予言したすごく面白い小説がある」という噂を聞きました。私はその現物を見ていませんが、もしかしたら、島田さんの仕掛けじゃないですか?

島田 いや、何もしていません(笑)。舞子天皇の誕生を国民が望んでいる、という小説を書いただけです……。

新潮社 波
2020年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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