「どんでん返しの帝王!」が仕掛けた、マスコミを舞台にした驚愕のミステリー!

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夜がどれほど暗くても

『夜がどれほど暗くても』

著者
中山, 七里
出版社
角川春樹事務所
ISBN
9784758413473
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

中山七里の世界

[文] 角川春樹事務所


中山七里氏

“どんでん返しの帝王“の異名を持ち、その期待を上回る作品を書き続けてきた中山七里氏。デビュー十周年を迎えた今年は十二か月連続刊行という偉業にも挑んでおり『夜がどれほど暗くても』はその第三弾にあたる。選んだテーマは「和解」。新境地とも呼べるこの作品に込めた思いを伺った。

 ***

―まず、執筆の経緯から伺います。
中山七里(以下、中山)  もともとは「ほっこりするものを書いてほしい」という依頼でした。これ、致命的に苦手でして。同工異曲にするのは簡単ですよ、たくさんの方が書かれていますから。でも、それではオファーの理由がなくなってしまう。依頼には、僕が“ほっこり“を書いたらどうなるのかを見てみたいというのもあったでしょうからね。そこで思いついたのが、和解の話でした。二つの対立軸が最終的にはお互いを知る、認め合うような話にしてはどうかと。
―対立軸とは、殺人事件をきっかけに生まれた加害者遺族と被害者遺族のことですね。加害者遺族となるのが主人公の志賀。息子がストーカー殺人の容疑者で、しかも事件現場で死亡しているというショッキングな状況から始まりますが、物語をさらにスリリングにしているのが、志賀が不倫スキャンダルなどを追う週刊誌記者だということです。
中山  主人公には、社会的にはどちらかと言えば、あまり善人には見えない人間を据えました。長編小説の醍醐味というのは、話の最初と最後で主人公が変わるか、あるいは世界が変わるか、どちらかだと思うんです。今回はその前者。局面の変遷に従って志賀が変わっていく姿を描こうと思い、こういう設定にしました。
―随所に出てくる、志賀を始めとする記者や編集部員のやりとりは辛辣で冷酷、人間性を疑いたくもなります。でも、それがとてもリアルで……。
中山  今回も取材は一切していません。ただ、日頃お会いする編集者の愚痴などを聞いていると、その後ろ姿からだいたい見えてくるんです。で、編集の仕事とはこういうものかなと想像して書いたわけですが、実像に近いんじゃないかな。―クレームが来ないか心配です(笑)。

加害者遺族も被害者遺族も実は似たようなものではないか

中山  マスコミというと時代の最先端で働いているようなイメージですけど、その仕事は地道で泥臭いことの集積なんだろうなと思います。だからこそ、そこに主人公の人となりも出るような気がしたんですね。特に出版関係の人間というのは、編集方針などで自分の志や心情を曲げなければいけないこともあるだろうし、綺麗なことだけでなく汚い部分も抱えている。それだけに奥も深く、当然、人間性も一筋縄ではいかない。そういう男がどう変わるか。書くのも楽しいですよね。
―ライバル誌の記者に詰め寄られ、世間からも叩かれて。このあたりも迫真でした。
中山  ええ。週刊誌記者として自分がやってきたことと、今、自分にされていることの対比もより鮮明に出てくると思います。それも書きたかったことの一つです。
―もう一方で、被害者遺族となるのが中学生の奈々美です。両親を殺されてしまったにも拘らず、イジメに遭うなど、必ずしも世間から同情されるばかりではない存在として描かれていますね。
中山  この作品ではどちらかに肩入れしないと決めていました。事件に関わってしまったら、加害者遺族も被害者遺族も実は似たようなものではないかと思います。同じように十字架を背負い、同じように世間の目に晒される。だったら、立場は逆といえども、どこかで分かり合えるのではないか。そんな思いがあるんです。
―年齢差もある二人が少しずつ打ち解けていき、ファミレスで食事をしたり。今までの作品にはないようなほほ笑ましい場面で柔らかさも感じました。
中山  だとしたら嬉しいですね。実はもう一つのテーマが擬似家族なんです。息子を亡くした志賀と両親を失った奈々美、それぞれが欠落したものを持っていますが、その欠落したものを互いに補っていくという構造にしたかった。これは希望の話でもあるんです。
―なるほど、それで最後はああいう終わり方になったんですね。余韻を感じさせるとてもいいシーンでした。そのつなぎ役として今回、刑事の葛城がいい役割を果たしています。中山作品お馴染みのキャラクターである葛城を登場させたのはどんなお考えからですか?
中山  僕の中で葛城公彦というのは一番刑事らしくない刑事で、善意の象徴なんです。今回は事件自体が非常に陰鬱でもあるので、善意の塊である葛城君を持ってくることで最終的に希望も見えてくるものになるのかなと。人と人を繋ぐのは、たぶん、憎悪ではなく、善意なんだろうという僕の甘い考えもありますけど。
―中山さんの作品は人気キャラクターも多く、シリーズの垣根を越えて彼らに出会えるのは読者の楽しみでもあるのですが、こうした起用は意識されているのですか?
中山  そのキャラクターでなければ語れない物語というのがあるし、その物語に合致したキャラクターというのもありますからね。とはいえ、今回葛城君が出てきたということは、他の作品と同じ地平線上にあるということ。そういう意味では今回の志賀が別の作品に出てくるということもあるかもしれません。それに、僕は根が貧乏性。一作でキャラクターを使いきるという贅沢がなかなかできないんですよ(笑)。

多くの連載を抱える創作の原動力とはなにか?

―再登場を期待します。それにしても、常にたくさんの連載を抱えておられますよね。創作を支えているものはなんでしょう?
中山  作家一人ひとり必要な資質は違うと思いますが、僕に関して言えば、想像力と構成力と文章力。この三つです。
―先ほども取材はしないとおっしゃっていましたが、その想像力がすごいなと。尽きない想像の源泉があれば教えてください。
中山  一つは人間観察ですよね。僕はサラリーマンを二十八年やっていたんですが、その間に相手をした人というのは万単位になるだろうと思います。それだけの数に対すると、人間の分類みたいなものができてくるんです。銀行員だったらこういう感じとか、職業ごとの臭みみたいなものもありますし。そこから逆算していくと、直接取材をしなくても読んだ人が納得できるくらいの肉付けはできるだろうと思っているんです。不遜な考え方ではありますけど、何せ時間がないから取材ができない。悪循環です(笑)。
―今回の作品もその背景には想像力があって、大きなポイントになっているように感じます。
中山  想像力の最たるものは、相手の気持ちになれるかどうかです。分かり合えるかどうかというのも、大前提としてあるのは、相手の気持ちをどこまで理解できるかということじゃないですか。これは僕のテーマの一つでもあるので、いろんな小説にそこはかとなく忍び込ませてきたつもりです。
―そうして書き続けてこられて今年はデビュー十周年。十二か月連続刊行に挑まれ、この『夜がどれほど暗くても』はその第三弾になるそうですが、多忙な一年になりそうですね。
中山  いや、もう原稿はほとんどできています。一日二十五枚書いていくと、ひと月で一冊分ができますから、どんどん貯まっていくわけですよ。ただ単行本の通常の刊行ペースはふた月に一回ぐらいだから、その貯まった分を放出してしまえと。それが今年というだけのことなんです。
―それもすごい話ですが、では、十年を区切りにペースダウンしようという考えもなく?
中山  休みたいとか、遊びたいとか思った瞬間に筆を折りますよ。バブルの寸前、つまり二十四時間働けなくてどうするという、日本中がブラック企業のような時代に社会人になった人間ですから、仕事をしているほうが楽なんです。僕にとって書くというのは息をするのとあまり変わりがなくて、当たり前のこと。会社員を辞めたときに何が嬉しかったかと言えば、寝なくて済むことだもの。
―はい?
中山  寝ずにずっと書いていても誰にも怒られないでしょ? これほど楽しいことはないですよ。それにね、小説家として書き続けることのできる場を与えてもらったのなら、他の人が得るような幸せを望むのは、わがままなような気がするんですよね。増してや僕は公募によって受賞しデビューしているわけだから、その時憂き目を見ることになった人たちが納得できるような物書きにならないと申し訳ないとも思うわけで……。なんてね、ちょっとかっこつけました(笑)。

構成:石井美由貴

角川春樹事務所 ランティエ
2020年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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