【ニューエンタメ書評】中島要『大江戸少女カゲキ団(二)』、薬丸岳『告解』ほか

レビュー

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  • 永遠の夏をあとに
  • あの日の交換日記
  • 大江戸少女カゲキ団(二)
  • 告解
  • 透明人間は密室に潜む

書籍情報:openBD

エンタメ書評

[レビュアー] 大矢博子(書評家)

 歴史小説を読んでいて「蟄居」という文字が出てくると、心の中で「ステイホーム」とルビを振るようになってしまった。徳川慶喜も石田三成もこんな生活を送っていたのだなあ。この号が出る頃には、少しは安心して外出できるようになっていればいいけど……と遠い眼をして窓から外を眺めている。
 けれど体は縛られても頭の中は自由、心は無限!
 「ここ」から読み始めたはずなのに、読み終わったときにはここではない「どこか」へ連れていってくれるのが読書だ。今回はそんな、序盤には予想もしなかった思わぬところへ到達する物語を紹介するぞ。
 ライトノベルの人気シリーズ「彩雲国物語シリーズ」で知られる雪乃紗衣が一般向けに上梓した『永遠の夏をあとに』(東京創元社)は、リリカルにして悲しいファンタジック・ミステリだ。
 舞台は一九九九年。小学六年生の拓人は、母親の突然の入院で夏休みをひとりで過ごすことになった。そんなある日、弓月小夜子と名乗る年上の少女が拓人の前に現れる。以前、拓人と小夜子、母の三人で暮らしていた時期があったというのだが、拓人は覚えていない。実は拓人は幼い頃に神隠しに遭い、その間の記憶を失っていたのだ──。
 まず拓人と彼の友達の関係がとてもいい!
 ラジオ体操、サッカー、林間学校。七月に恐怖の大王が降ってくるから宿題はしなくていいと嘯いたり、縁日でデートの真似事をしてドキドキしたり。眩しいくらいの夏休みの情景は、読みながら次第に頬が緩んでくるほどだ。
 けれど時々、妙な描写が混じる。この世のものではないような何かの存在が、当たり前のように入ってくるのだ。これは何? 妄想? 夢? それとも? 思い出せない過去。断片的な記憶。小夜子を探しているらしい謎の男。
 手がかりが小出しにされ、少しずつ物語の輪郭が見えてくるにつれて、物語に影が差す。ノスタルジックな夏休みの光景が眩しければ眩しいほど、影もその濃さを増すのだ。同時に、ただ眩しいだけだった子供たちの交流にもまた、随所に悲しみが潜んでいたことに気づかされるのである。残るのは切なさとやるせなさ。そして少しばかりの清々しさ。
 清々しさという点では、こちらも負けていない。辻堂ゆめ『あの日の交換日記』(中央公論新社)は、さまざまな交換日記にまつわる人間模様がミステリ仕立てで綴られる連作短編集だ。
 難病で長期の入院生活を送っている小学生と教師の心温まるやりとり。人気者の担任教師を困らせてやろうと交換日記で殺人計画を打ち明ける児童。双子の姉妹が悪口を書き合う日記もあれば、発達障害の息子にせがまれて始めた母親との交換日記もある。交通事故の加害者と被害者という変わった組み合わせがある一方で、業務日報を介して上司が部下の相談に乗る話もある。そして掉尾を飾るのは、ある夫婦の交換日記だ。
 まず個々の物語に仕込まれたミステリ的展開が読み応え抜群だ。日記だからこその特徴を利用した仕掛けがほどこされており、騙される快感に満ちている。しかも、これがまたどれも、実に心地よい騙され方なのだ。この手のミステリは読者も騙されないぞと身構えて読んでしまうものなのだが、真相がわかったときには、身構えて緊張していた筋肉がふっとほどけるような気がした。
 中島要『大江戸少女カゲキ団(二)』 (ハルキ文庫)は江戸の娘たちが正体を隠し、男に扮して芝居をするシリーズの第二作だ。嫁げば自由がなくなる、せめてその前に男の恰好をして大好きな芝居をしてみたい大店の娘三人と、役者だった父から幼い頃に芸を仕込まれたものの女というだけで役者になれない芹の四人で結成されたカゲキ団が、飛鳥山でのゲリラ興行で見事喝采を浴びた──というのが前作の流れである。
 今回の第二作では、彼女たちの正体に気づく者が現れる。そのうちひとりが、黙っていて欲しければ自分に芝居を見せろと言い出した。さらには姿形をさらして茶屋で働く芹のもとには、「彼女があの」という噂を聞いたファンが押し寄せ、ついには女将さんから休むように言われてしまう。はたしてこの危機を乗り越えることはできるのか?
 というストーリーだけでもワクワクするし、噂を封じ込める方法にはなるほどと膝を打った。けれど本書の主眼はそこではない。正体がばれたら困る、縁談にも障る、だから「自分ではない」ことになるのは願ったりのはずなのに、その一方で正しく評価してほしいという気持ちがある。やりたいことをやったのだから満足なはずなのに、人を、自分を、偽って生きていくということの大きさに、彼女たちはこれから少しずつ気づき始めるのだろう。そしてなぜ偽らなければならないのか、というところに本書のテーマがある。
 何より、終章の展開! 少女たちの夢とジレンマを描いた物語に、こんな展開があったなんてと呆然。早く続きが読みたい。どうやらこのシリーズは思わぬところまで読者を連れていってくれそうだ。
 薬丸岳『告解』(講談社)は、飲酒運転で八十一歳の女性を撥ね、死なせてしまった大学生の翔太の物語である。
 その場から逃げ出したもののすぐに特定され、逮捕されてしまった翔太。彼に下されたのは懲役四年十ヶ月の実刑判決だった。そんな翔太が刑期を終えて社会に戻ってくるのを、ある決意を胸にじっと待っている人物がいた。翔太に轢き殺された被害者の夫、法輪二三久だ。
 と書くと、その決意が何なのか、読者はある程度予想するだろう。その予想が当たっているかどうかはさておき、いざ翔太が出所したとき、事態は意外な方向に進む。詳細は書かないが、轢き逃げ事件が起きた年に二三久は八十四歳というのがヒント。
 本書で特に力を入れて描かれているのは、事故を起こしてからの翔太の心情の揺らぎである。逃げたいという思い、被害者に申し訳ないという気持ち、姉の結婚が中止になるなど家族の生活を壊してしまったという悔恨、出所後には前科がばれるのではないかという恐怖がつきまとう。そして何より、自分がこれからどう生きていくべきなのかという迷い。
 起こしてしまったことは、なかったことにはできない。加害者はどんな形であれ、自分の罪を一生背負っていかねばならない──それは厳然たる事実だ。そして思いを背負っていかねばならないのは被害者や被害者遺族も同じなのである。
 それにどう翔太が向き合うのか、二三久という被害者遺族がどうかかわってくるのかが本書の大きな読みどころ。デビュー以来、犯罪被害者・加害者の問題を通して贖罪とは何かをずっと問い続けてきた薬丸岳の、ひとつの到達点と言っていいだろう。
 予想外の展開といえば本格ミステリ。その中でも今月の白眉は、阿津川辰海『透明人間は密室に潜む』(光文社)だ。ノンシリーズの短編集だが、どれも特殊な設定が用意されているという共通項がある。
 表題作は透明人間になってしまう病気が発生した、という社会が舞台。この病に罹患すると体が透明になり、社会生活が極めて不便になる。そこで透明人間には染髪や化粧などで自分を可視化することが義務付けられている。そんな中、透明人間になった主人公がある人物の殺害を計画した……。
 とにかく透明人間のリアリティ(これも変な表現だが)に脱帽! 透明になるのは体組織だけ、という言葉にはなるほどねとしか思わなかったのだが、血が目に見えないので病気になっても血液検査ができないとか、食べたものは完全に消化吸収されるまで胃の中にあるのが見えるとか、体に汚れがついたらその汚れだけが宙に浮いて移動するように見えるとか、実体として存在はしているので人がぶつかってくるとか……そうか! と目から鱗が音を立てて落ちた。そしてそんな細やかな設定が謎解きに生かされるわけで、これは特殊設定もののミステリとしてはかなりレベルが高い。
 他の三作も、話が妙な転がり方を見せる裁判員裁判だったり、異常な聴力を持つ探偵が出てきたり、脱出ゲーム開催中の豪華客船での誘拐事件だったりと、実に面白い設定が用意されている。その設定とトリックがどう結びつくのかがわかった瞬間の快感たるや。本格ミステリの醍醐味だ。
 おおっと、ひとつひとつの説明が長くなってしまい、紙幅があまり残っていない。あとは駆け足で。
 馳星周『四神の旗』(中央公論新社)は奈良時代が舞台の古代史小説。政界のフィクサー・藤原不比等を描いた『比ぶ者なき』の続編にあたる。不比等の死後、権力を受け継いだ四人の息子の物語だ。話の中枢にあるのは長屋王の変。権力をより確固たるものにするため長屋王という邪魔者を排除しようとした四人だったが……。
 政変の裏側、ぶつかりあう四人の野心の描写も見事だが、その四人ともが最終的に疫病の流行で命を落とすという事実に、天平時代の話がいきなり現代に重なった。
 伊坂幸太郎『逆ソクラテス』(集英社)はおもに小学生を主人公にした短編集で、テーマは人生の逆転。なぜ人をいじめてはいけないのかという問いに思わずにやりとする回答が提示される。だって将来すごく困ることになるよ、思わぬところで損をするよと。お家芸の伏線回収は「人生はすべてつながっている」ことのメタファでもあるのだ。
 人生はすべてつながっている。この三ヶ月がきっといい未来につながることを信じたい。

角川春樹事務所 ランティエ
2020年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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