森沢明夫さんの最新作『おいしくて泣くとき』から解る、著者のルーツとは

インタビュー

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おいしくて泣くとき

『おいしくて泣くとき』

著者
森沢明夫 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758413503
発売日
2020/06/03
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

森沢明夫の世界

[文] 角川春樹事務所


森沢明夫(撮影:タカオカ邦彦)

書きたかったテーマと重なって、本当にびっくりしました

―いつ頃からこの作品を構想されていたのか教えてください。
森沢明夫(以下、森沢)  三年ほど前から、子ども食堂をテーマにした小説を書きたいと思って資料を集め始めました。日本では現在、七人に一人の子どもが貧困のために低い生活水準で暮らしているといいます。世界三位のGDPを誇る日本で、そんな社会状況があるんだと驚いたのがきっかけでした。するとその翌年、角川春樹社長と食事に行かせてもらった時「子ども食堂をテーマに小説を書いてくれませんか」と言われたんです。本当に偶然だったのでびっくりしました(笑)。
―子ども食堂の一人息子である主人公の心也と、そこに通う同級生・夕花を中心に物語が展開しますね。
森沢  子ども食堂がテーマの物語というと、そこに通わざるを得ない子どもや、貧困家庭の事情が注目されがちだと思います。しかし、子ども食堂について調べていくうちに、運営している人達にも様々な事情があることを知りました。偽善者だと言われてしまったり、経済的に困難だったり。一方で、近隣の農家の方が作物を譲ってくれたり、応援してもらえることもあるそうです。運営していく側とそこに通う側、心也と夕花の両方から見た物語を書きたいと思いました。
―心也と夕花の設定はどうやって作られたのでしょうか。

森沢  中学3年生という設定にしたのは、青春物語を書きたかったからなんです。10代の子ども達は世界に抗うことができません。僕自身、小・中学生の頃はそういう無力感を抱えていました。だから、無力感に打ちのめされている思春期の子ども達が逃避していく旅をいつか小説にしたいと思っていたんです。
 夕花は義理の父親から虐待を受けています。そこには恐怖や痛みだけではなく、絶対に力では敵わないという肉体的な無力感が伴うのではないかと思いました。そこを書きたかったので、夕花を女の子という設定にしました。登場人物の性別をどうするかは、すごく考えます。以前、『ライアの祈り』(小学館文庫)という小説を書いた時は、男性を主人公にして最終稿を脱稿した後に、主人公を女性にした方がもっと良くなると考え直して、全部書き換えたこともあるくらいです。
―心也が左膝に大怪我を負っているのはなぜですか。
森沢  心也を一人ぼっちにしたかったからです。サッカー部の活動も、夏休みに友達と遊ぶことも、思うように夕花を助けることもできない、悶々とした少年にしたかった。僕自身が二〇一一年に左膝の靭帯を怪我したので、その経験を生かしています。その時に感じた無力感を、心也に背負わせてしまいました。
―夕花の家庭内の様子がとてもリアルでした。親の暴力に怯(おび)える子どもの心理をどうやって書かれたのでしょうか。
森沢  この小説のキャラクターにはモデルがいないので、基本的には僕の想像で書いています。キャラクター造形をする時は、実際にそういう人がいるのではないかと、僕自身が錯覚するくらいまでリアルに考えます。そして夕花の中に入り込んで、その目線で見えているものや、感じていることを書いていくんです。「家に入ったら、まず玄関に義理のお父さんのサンダルがあるかどうかを見るだろう。なかった時はほっとするだろうな」、そういうことを僕の中で現実のように感じているので、執筆中はその情景を夢に見ることもあります。
―子ども食堂の主人である耕平は、どう人物造形されたのでしょうか。
森沢  子ども食堂の主人は、大人としてかっこいい人が理想的だと考えました。人生には、良いことと悪いことがあるのではなく、人間がその出来事をどう判断するかがあるだけだと僕は思っています。夕花は今辛い状況にありますが、将来幸せになったら「あの頃の貧困を耐えたからこそ、今の幸せがあるんだ」と思えるかもしれないじゃないですか。耕平には、そういう考え方をする人であってほしいと思いました。

体験から出てくるかっこいい大人たちのエッセンス

―耕平のかっこよさのルーツは、森沢さん自身の体験にあるのでしょうか。
森沢  僕が出会ってきた、かっこいい大人達のエッセンスが、耕平に入っているかもしれません。例えば、僕が大学一年生で日本中をバイクで旅していた時に、北海道のクッチャロ湖で出会ったお爺さんです。そのお爺さんも一人旅をしていて、僕を朝食に誘ってくれました。すごく聞き上手な人で、僕は当時抱えていた人間に対する怒りなど、鬱々とした心の内を全て喋らされてしまいました。それに対してお爺さんは、僕を全肯定してくれたんです。「怒りや悩みを持つのは素晴らしい、君は最高の大人になるよ」。そんな風に言われたのは、人生で初めてのことでした。そういう大人に出会うと安心できますよね。まず全てを肯定して受け入れてあげることは、子どもにとってすごく大事なことだと思います。
―筋の通った不良である石村蓮二は、どう造形されたのですか。
森沢  石村はワルですが、環境が悪くなければ良い奴だったのかもしれません。僕が中学生の時に、不良の同級生に対してそう思ったことがありました。そいつは不良の中でも孤立していて、誰に対しても敵意むき出しだったんですが、僕が体育の授業で肘を脱臼した時に「保健室に一緒に行ってやるよ」と言って付き添ってくれたんです。人間らしい心があることに驚いたし「環境が悪くてグレているだけで、普通の家庭に育っていたら友達になれたかもしれないな」と思いました。
 石村は、大人を「害虫」と呼ぶ場面があるように、汚い大人に人生をダメにされてしまっていることに恨みを抱えています。しかし実は孤独で、幸せに生きたいと願っている。僕は性善説を信じたいタイプなので、そういう風に石村を書きました。

涙が出るほどおいしいというのは

―「おいしさ」とは何かを考えさせられる印象的な表現があります。
森沢  味というのは、強い心の動きに付随しているからこそ記憶に残るのだと思います。大恋愛をした時に聴いた曲って、一生忘れられなかったりしますよね。夕花は、義理の父親からもらった菓子パンを「必要な味がした」と感じます。あのお父さんからもらったことによって味が変わるはずだし、おいしさとは別に、生きるためのカロリーという意味で必要な味なんです。それくらい、ご飯を食べられない子どもは追い詰められているのだと思います。一方で、子ども食堂で耕平が作ってくれる料理は「必要な味」以上のものがあるはずです。涙が出るほどおいしいというのは、化学式で表される味の上に「心の味」がトッピングされているのではないでしょうか。
―沢山の伏線があって、驚かされる読者が多いと思います。どういう思いを込めてこの物語の仕掛けを作られたのでしょうか。
森沢  ひとつには、自分が投げかけたものが自分に巡ってくるという、大きな流れのようなものを書いている気がします。人間って、いい言葉を沢山投げかけて、日々の営みを誠実にこなしていると、それなりのものが返ってくると思うんです。だから辛い状況にあるキャラクターも、お互いに良かれと思うことをし合って未来を掴んでほしい。力のある人が優位に立つために弱い人を虐げる世界より、善意が巡っていく世界の方がいいですよね。「ありがとうのキャッチボール」と僕はよく言うんですが、国と国、人と人がエールを送り合ってハッピーになれる世界で僕は生きていきたいと思っています。

インタビュー/都田ミツコ 人物写真/タカオカ邦彦

角川春樹事務所 ランティエ
2020年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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