今、この時代だからこそ読んで頂きたい。『流星シネマ』、著者による発売記念エッセイ! 「川はまだそこに流れている」

レビュー

4
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流星シネマ

『流星シネマ』

著者
吉田篤弘 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758413497
発売日
2020/05/15
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

小特集吉田篤弘『流星シネマ』 発売記念エッセイ&解説 自著を語る「川はまだそこに流れている」

[レビュアー] 吉田篤弘(作家)

ある日、ふと、暗渠(あん きょ)というものが気になった。
子供のころ、町にはいくつかの川が流れていて、いま、それらの川はすべて暗渠になって、川があったところは遊歩道になっている。
遊歩道を歩いていると、ときどき、そこが川であったときの情景が、いまの情景と重なって、二重写しのようによみがえる。
それは、かつての町の様子を思い出しているというより、いまもそのまま、アスファルトやコンクリートの下に存在していて、その様子を透視している気分だった。
いったん、その透視の感覚を身につけてしまうと、町の全域が、「いま」という名の皮膜に覆われているように思える。皮膜のちょっとしたほころびに爪をたて、そこから指でつまんでめくりあげれば、「いま」の下に隠されていた「むかし」や「かつて」が、何ひとつ変わらずに穏やかに息づいているのではないかと夢想した。
そんな夢想が、『流星シネマ』という小説になった。
この物語の舞台は暗渠のある町─つまり、かつて川の流れていた町で、むかし、その川に海から一頭の鯨(くじら)が迷い込んできて絶命したという伝説がある。巨大な鯨が埋葬されたところは〈鯨塚〉と呼ばれる崖を形成し、町の人々はその崖の上と下で暮らしている。
見えない川や見えない鯨と隣り合わせて暮らしているのだ。
執筆中、物語の先行きを考えるたび、「むかし」や「かつて」は、そう簡単には消滅しない、と登場人物たちに教えられるようだった。
それは、「懐古」や「ノスタルジー」という言葉でくくられるものではなく、「いま」と隣り合わせたアスファルトの下に息づいている。
脱稿したあと、夕方の遊歩道を散歩していたら、足の下から水の流れる音がかすかに聞こえてきた。
夢や伝説ではないのだ。
見えないだけで、川はまだそこに流れている。

角川春樹事務所 ランティエ
2020年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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