『輪舞曲』
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繊細かつ臨場感たっぷりに描く 伝説の女優「伊澤蘭奢」の嵐の生涯
[レビュアー] 佐藤江梨子(女優)
日本全域にコロナ禍が広がり、緊急事態宣言が全国に拡大された頃、『輪舞曲』は発売された。
私は著者の朝井まかてさんに、『ぬけまいる』のドラマ化で2年前に一度お会いしたことがある。作家さんなのに難しい言葉を一切使わず、あれほどの文才と学識を持ちながら高説を垂れるという態度が微塵もない。いつも気軽で、小説の内容もなぜか懐かしげに笑いながら教えてくれたことを思い出す。作品だけでなく本人も面白い方で感動した。こんな人間本当にいるのかと思って益々ファンになった。そんな朝井さんの最新作。コロナで本屋は開いていなかったが、すぐさまネットで購入し、なかなか来なかったけれど、家に届いた時には胸が高鳴った。
『輪舞曲』は伝説の女優・伊澤蘭奢の死後、3人の愛人と一人息子が蘭奢の生涯を振り返るという筋立てだ。彼女は、38歳と半年くらいで亡くなってしまう。今の私と同じ歳だ。
「昔は結婚して子供育てるか、子供は諦めて女優に専念するかどちらかだったのに。今の人は良いよね、どちらも選ぶことができて」
自分の親より少し上の世代の役者さんたちに悪気なくそう言われるたびに、母親が子供を預けて仕事に出るのは悪いことなのかと無意識に思っていた。そして、その答えは、『輪舞曲』の中にある気がした。
戦前の空気がピリッと張り付く、でもどこか懐かしい。朝井さんの作品は、設定がどの時代であれ、目の前で登場人物たちの呼吸が、息遣いが、聞こえてきそうな程、臨場感に満ちていて迫力があるのに繊細だ。
「ガリューラオぅリゅーー!」。私が読書している隣で、息子は、どう息継ぎをしているのか聞きたくなるような雄叫びを上げて恐竜の真似をしている。
「幼い子供は皆、自分以外のものを真似、懸命に扮する。親やきょうだいや王様や兵隊に扮して、自由に世界を行き来する。多くの子供はやがて長じるにつれ、その欲求をコントロールする術(すべ)を身につける。しかし長じても、その欲求が減じない者がある」
『輪舞曲』の一節にあるように、私ももっと芝居がしたい。立てなかった舞台にいつか立ちたい。
ページを捲る旅から戻ると、込み上がる感情はいつしか波のように静かに鎮まる。『吾輩は猫である』を初めて読んだ時、私は絶対、夏目漱石の猫にはなりたくないと思ったけれど、朝井まかてさんの猫になれるなら、なりたいと思った。勿論、女優として生きた後ににゃ。