登場人物の描写に引き込まれる“本家超え”ミステリー

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ケイトが恐れるすべて

『ケイトが恐れるすべて』

著者
Swanson, Peter, 1968-務台, 夏子
出版社
東京創元社
ISBN
9784488173067
価格
1,210円(税込)

書籍情報:openBD

登場人物の描写に引き込まれる“本家超え”ミステリー

[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)

 ピーター・スワンソンという作家がいる。日本ではまだ3作しか翻訳されていない。2014年に『時計仕掛けの恋人』、18年に『そしてミランダを殺す』、19年に『ケイトが恐れるすべて』が翻訳された。この中では、「このミス」「週刊文春」「ミステリが読みたい」でオール2位となった『そしてミランダを殺す』が広く知られているが(ちなみにこの年の1位を独占したのは『カササギ殺人事件』だ)、個人的には3作目の『ケイトが恐れるすべて』がベストだと考えている。

 これは不思議な小説だ。ミステリーなので詳しく紹介するとネタばらしになりかねないから注意深く進めていくが、まず、アランという覗き男がいる。パトリシア・ハイスミスに『ふくろうの叫び』という傑作があり、やはり覗き男を描いていたが、アランはこの『ふくろうの叫び』に近い。スワンソンの『そしてミランダを殺す』はもろにハイスミスだったから、なるほどねと納得する読者も多いかもしれないが、しかし『ケイトが恐れるすべて』は、ハイスミスのコピーではなく、本家を超えてしまっているから素晴らしい。

 そうか、ここまで書いてきてようやく気がついた。男と女の関係が本書のキーとなっているのだが、それを詳述するとネタばらしになる。だからここでは、覗き男もヒロインも、そしてヒロインに部屋を貸した男も、みんなが男と女の関係の暗部にからめ捕られていると書くにとどめておく。

新潮社 週刊新潮
2020年6月11日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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