The Lyrics 1961-1973/1974-2012 ボブ・ディラン著 岩波書店 各4500円
[レビュアー] 栩木伸明(アイルランド文学者・早稲田大教授)
1965年、ボブ・ディランはギターとハーモニカをひっさげて英国でコンサートツアーをした。ツアーの記録映画『ドント・ルック・バック』に、コンサートの後で新聞記者が電話ボックスから記事を入稿するシーンがある。記者は受話器に向かって、詩人がホールを満席にするとは「時代は変わる」そのものだと告げる。
「詩人」はやがてノーベル文学賞を受け、多くの大学で「ポピュラー音楽」が人気講座になった。ディランは近代以降乖離(かいり)が広がっていた歌と詩を再びつなぎ、高尚と低俗をかき混ぜ、頭でっかちな定義から「詩人」を解放したのだ。彼のレコードを音入りの「詩集」と見なすならば、その売り上げ部数と広範な影響力はあらゆる同時代詩人たちを大きく引き離している。
31作の「詩集」を収め、英語原詩と邦訳を並置した2巻本をCDを聴きながら読む。公民権運動や反戦運動を背景としたトピカルソングから出発し、フォーク・ロック、ブルース、ゴスペル、レゲエなどのジャンルと対話しながら、歌は変貌(へんぼう)を遂げる。発表順に聴くと、歌声や演奏がひっそりと、大胆に移り変わっていく。
彼の詩はもじりに溢(あふ)れている。ブルースやバラッドやゴスペルなどの常套句(じょうとうく)や詩型を使いつつ、聞き手の期待をはぐらかす細部が耳に残る。歌人の伝統に連なりつつ、今を生きる詩人としてひねりを加えるのが彼のやり方である。ひねりの原動力は押韻。20世紀の高尚な詩では禁じ手とされた、古き良き脚韻が過剰に駆使されるせいで、ナンセンスな音の疾走を、意味が後ろから追いかけていく。
邦訳は原詩とからみ合いながら至芸のダンスを見せ、ディランが日本語で歌い出す。伝統を解体し、深読みを誘う隠喩の迷路を連鎖させる詩法は近作でも健在だ。読了後、英国詩人ブラウニングの詩句を思い出した――「一緒に老いていこう!/最高なのはこれから先だ」。佐藤良明訳。