大地よ!アイヌの母神、宇梶静江自伝 宇梶静江著
[レビュアー] 橋本五郎(読売新聞特別編集委員)
北海道開拓使が置かれてから150年にあたる一昨年は、貧苦を重ねた末に開拓が成就したことを祝うさまざまな催しが行われた。しかしアイヌにとっては「同化」を強いられ差別といじめに苦しんだ歴史でもあった。この自伝はその苦難を乗り越え、「アイヌの精神性」復権のため立ち上がった自立の物語である。
著者は札幌の中学を卒業して上京する。アイヌであるという出自を隠すことはしなかったが、自分からアイヌであることを明かしもしなかった。しかし、詩を書くことを通じて次第に自分の内部にあるものを見つめようとしていく。
1972年2月、大きな転機が訪れた。朝日新聞の「ひととき」欄に「ウタリたちよ、手をつなごう」とアイヌの同胞に呼びかけた。東京都議会に働きかけて東京在住のアイヌの実態調査を求めるなど実践活動も活発化する。そしてアイヌの精神生活とは何かを考える。
それは、生物の命を生み、育て、守るすべてのものを神として崇(あが)め、生存するものすべてが共存共栄していくものだという考えを原則とし、人が人を冒涜(ぼうとく)したり、殺し合ったりすることなど人にあるまじき行いと戒めてきたことなのだ。
96年初夏、63歳の時に次の大きな転機が訪れる。ぼろ布で絵を描く古布絵(こふえ)との出会いだ。アイヌの叙事詩であるユーカラを古布絵で表現しよう、アイヌの村に住むシマフクロウの眼(め)を真っ赤にして、「アイヌはここにいるよ、見えますか?」と訴えようとしたのである。
こうして著者は、アイヌの精神性の中に地球が抱える困難を克服する光を見出(みいだ)す。先住民は大地と添い寝してきた。自然の破壊は私たちの精神性そのものの破壊なのだ。今存在している生き物たちが持続的に生存できる世界を取り戻したい。
そう訴えるこの書は一人の女性の精神的成長の記録であると同時に、先住民の文化の持つ普遍性についても深く考えさせずにはおかない。
◇うかじ・しずえ=1933年生まれ。詩人、古布絵作家。アイヌの叙事詩を伝統刺しゅうの技法で表現する。