『ドクトル・ジバゴ』をめぐるCIAの一大プロジェクトとは

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あの本は読まれているか

『あの本は読まれているか』

著者
ラーラ・プレスコット [著]/吉澤 康子 [訳]
出版社
東京創元社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784488011024
発売日
2020/04/21
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『ドクトル・ジバゴ』をめぐるCIAの一大プロジェクトとは

[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)

 ここでいう「あの本」とは一九五七年に母国ソ連ではなくまずイタリアで刊行されたボリス・パステルナークの『ドクトル・ジバゴ』である。

 パステルナークにノーベル文学賞をもたらし、イタリア語版からロシア語版がつくられ、ソ連内でも広く読まれるようになった。この出版のプロセスには、CIAが深くかかわっていた。

 何年か前に、伝説の文芸誌「パリスレビュー」の創刊にCIAが深く関わっていたと知ってびっくりしたが、CIA、どうやらある時期の現代文学に力づくで関与していたようである(しかもかなりいい仕事をしていて、これをどう受け止めればいいのか混乱する)。

 本書は、『ドクトル・ジバゴ』にまつわる史実にもとづく。史実ではわからない部分をフィクションで補って、秘密裏にすすめられたCIAの一大プロジェクトをミステリに仕立てた。重厚な恋愛小説でもあり、面白くならないはずがない。

 東(ソ連)と西(アメリカ)のパートが交互に進行し、語り手は基本的に女性だ。東は、ボリスの恋人で、彼に巻き込まれるかたちで収容所に送られ、数奇な運命をたどるオリガ。西は、ロシア系アメリカ人で、CIAにタイピストとしてやとわれ、スパイ教育を受けるイリーナ。

 オリガも、イリーナも、その他のタイピストたちも、歴史の中では忘れられた無名の存在である。彼女たちが意思を持つとも想像せずせっせと秘密を運ぶ男たちが、彼女らの目にどう映るか、存分に語らせる手腕が冴える。

『ドクトル・ジバゴ』の小説も映画も知らないという人でも、映画の主題歌「ララのテーマ」を耳にしたことはあるのではないか。ラーラという著者の名前は、映画の大ファンだった母親がヒロインの名からつけたそう。『ジバゴ』をめぐる壮大な物語に登場する人々の列の最後に、著者自身もつらなるようである。

新潮社 週刊新潮
2020年6月18日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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