『たかが殺人じゃないか』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
学制改革で男女共学となった学園が舞台の青春ミステリー
[レビュアー] 杉江松恋(書評家)
大人の欺瞞を子供は見逃さない。
御年八十八歳の辻真先が「戦後初の学園ミステリー」に挑戦した作品が『たかが殺人じゃないか』である。副題に「昭和24年の推理小説」とある。この前年に学制改革が行われたのだ。よく見かけるような、男女共学設定の学園ミステリーは、それ以降可能になったわけである。
新制高校三年生に編入された風早勝利(かざはやかつとし)は、一年だけの男女共学生活を送ることになった。最終学年ではあるが、男女一緒の旅行なんて許さん、というわけで修学旅行は中止になってしまう。学制が改まっても、教師の頭の中は戦前のままなのだ。
その夏、勝利の属する推理小説研究部は、映画研究部と合同で湯谷(ゆや)温泉への一泊旅行を企画した。修学旅行の代わりのつもりである。その旅先で彼らは死体を発見してしまう。現場の建物は、密室状態だった。
自分も小説を書いて推理作家の仲間入りを、と意気込む勝利は見聞した事件に想を得ながら筆を走らせていく。彼の原稿を読んでいる、という設定の小説なのである。
やがて第二の事件が起き、級友の一人が追い詰められる事態になる。その解決のために呼び出されるのは、辻作品の常連でもある漫画家の卵・那珂一兵(なかいっぺい)だ。彼によって事件が整理され、真相が見えてくるのだ。史実をふんだんに取り入れた中に伏線を張る技巧が見事で、この作者ならではのひねった落ちもある。幕切れまでアイデアの詰まった小説だ。
半世紀近くになる作家歴の中で、辻が繰り返し書いてきたことがある。先の戦争がいかに嘘に塗れたもので、そのために若者の夢がどれだけ摘み取られてきたか、ということだ。本作でも、民主教育の上っ面だけをなぞって肚の中は変わらない教師たちの滑稽さ、ずるずると戦争を続けてきたことへの反省のなさが少年たちの視線から容赦なく描かれていく。若い読者に、大人の嘘を見極めろ、と促す小説でもある。