幻のロープウェイから解き明かす渋谷の復興と開発史

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渋谷上空のロープウェイ

『渋谷上空のロープウェイ』

著者
夫馬 信一 [著]
出版社
柏書房
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784760152322
発売日
2020/03/26
価格
2,420円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

幻のロープウェイから解き明かす渋谷の復興と開発史

[レビュアー] 篠原知存(ライター)

 渋谷駅前に「ひばり号」という名のロープウェイが浮かんでいたことがあるそうだ。東横百貨店(後の東急百貨店東横店)の本館と別館の間に架けられ、眼下にハチ公広場を見下ろしつつ、山手線の上をゴンドラがふわりふわりと行き来していた。

 掲載された写真を見ると、車体デザインは全体に丸みを帯びた「流線型」で、かわいらしい雰囲気。当時のカタログで〈眼のまはる様なスリルを満喫することが出来ます〉とアピールしているものの、どちらかというと「絶叫マシン」ではなく、むしろ「ゆるキャラ」系。

「幻」のロープウェイと呼ばれるのは、1951年から約2年間しか営業していなかった上に、交通機関ではなく子供向けのアトラクションだったから。よって記録がほとんどない。著者も〈資料が少な過ぎる〉と嘆きつつ、生みの親となった人物の来歴を追いかけ、当時の社会状況を捉え直し、ほんのひとときだけ大都会の真ん中に存在したロープウェイの実像に迫っていく。

〈「ひばり号」は渋谷駅の上にはかなく咲いた、時代の「徒花」だったのだろうか〉

 たかが娯楽でしょう、とか思ってはいけない。アミューズメント産業の先駆けとなった人々の試行錯誤、敗戦からの復興という時代の流れ、さらに渋谷という土地の開発史。異色のロープウェイを軸に、重層的に語られる物語は読み応えたっぷり。特にデパートの屋上遊園地の興亡をめぐる調査と考察は、レジャー論、消費社会論として出色の出来だ。

〈傍系の「歴史」である。しかし、それらの要素を丹念にほぐしていくと、そこには日本の近現代史そのものが徐々に浮かび上がってくる〉

 私たち昭和の子供があれほど親しんだ屋上遊園地があっさり消滅したのは寂しい限り。でも賑わっていたテーマパークやショッピングモールだって厄災一つで無人と化す。万物流転。いずれも「幻」か。

新潮社 週刊新潮
2020年6月18日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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