敵はUボートの大群 護衛艦はたった四隻 白熱の海洋戦争小説

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書籍情報:openBD

敵はUボートの大群 護衛艦はたった四隻 白熱の海洋戦争小説

[レビュアー] 若林踏(書評家)

 荒れ狂う自然と、狼群の如く襲い掛かる敵。四方を死の恐怖に囲まれた人間たちの葛藤と勇気を描く物語として、海洋戦争小説は多くの読者を奮い立たせてきた。セシル・スコット・フォレスター『駆逐艦キーリング〔新訳版〕』(武藤陽生訳)もその一つ。帆船小説の里程標である〈海の男ホーンブロワー〉シリーズの著者が一九五五年に発表した、海戦ものの名作である。

 第二次世界大戦時、約三千人の命と五千万ドル相当の物資を載せた輸送船団が北大西洋を航行していた。船団の二千キロ先には物資の到着を待つ英国の人々がいる。しかし、輸送船団が三十七隻に対し、それを守る護衛艦はたったの四隻。米海軍駆逐艦〈キーリング〉の艦長クラウス中佐は、ちっぽけな戦力で独軍のUボートが蠢く海を行かねばならないのだ。

 見えざる敵であるUボートに、知恵と工夫、そして忍耐で戦い抜こうとするクラウス。精密でありながら力強さを感じさせる戦闘描写は素晴らしいが、それ以上に心を射抜くのは、主人公クラウスが抱える戸惑いや煩悶の数々だ。一人の男の胸中だけにある海で繰り広げられる戦いは、静謐ながら熱く滾(たぎ)る。

 第二次大戦中の海戦を描いた小説と言えばアリステア・マクリーン『女王陛下のユリシーズ号』(村上博基訳、ハヤカワ文庫NV)である。援ソ物資を載せて北極海を行く船団を護送する英国巡洋艦ユリシーズ号。行く手を阻むのは極寒とUボートの群れ、爆撃機だった。絶望的な状況でのサバイバルを描き、時代を超えて「崇高な精神とは何か」を問い続ける、冒険小説史上の名作である。

 海上の戦いは、ときに国家と個人の相克をも顕わにしてみせる。福井晴敏『亡国のイージス』(上下巻、講談社文庫)は、艦長と北朝鮮工作員に乗っ取られた海上自衛隊ミサイル護衛艦を奪還し、毒ガス兵器の発射を阻止するために戦う、先任伍長の物語だ。活劇として申し分のない出来を誇るアクション描写を背景に、国家の武力と個人の関係を問い質し、現代日本の危機を浮き彫りにする小説だ。

新潮社 週刊新潮
2020年6月18日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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