思い切りエッジを利かせた文藝賞受賞第一作

レビュー

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思い切りエッジを利かせた文藝賞受賞第一作

[レビュアー] 栗原裕一郎(文芸評論家)


文藝 2020年夏季号

「私はもともと、セックスをするのが好きだ。なぜなら、セックスをすると気持ちがいいからだ」

 なんて頭の悪そうな文章だろう。遠野遥「破局」(文藝夏季号)の主人公が内面を語った一節である。

 もちろん遠野は、この馬鹿みたいな文章が、馬鹿にできないものとして機能する場を構築している。

「私」は公務員試験突破を目指す大学4年生。元ラガーマンで引退後も肉体の鍛錬を怠らない。性欲旺盛だが相手が望まない性交はしない。父から女性には優しくしろと言われたからだ。自分の行動を公務員という将来の職業にふさわしいか否かで律してもいる。

 一方で「私」には感情が欠落している。仮説を立て原因を探り評価することでしか、自分にわいた情動を理解できない。「セックスが好きなのは気持ちがいいからだ」という、行為と欲望が即物的に結び付いた内面しか「私」にはないのだ。

 即物的な欲望を他律的な規範で制している「私」は、元恋人および新恋人との関係に徐々に歪みを蓄積させていくが、感情がないので気づくことができず、「破局」を迎えることになる。

 正直、完成度はもう一つなのだが、思い切りエッジを利かせた尖りぶりがいい。

 文學界新人賞を受賞した三木三奈「アキちゃん」(文學界5月号)も、小5女子である主人公の「わたし」が、アキちゃんという同級生の子に抱いていた強烈な嫌悪の正体に気づかない物語だ。ずっと後年から回想するかたちで描かれており、現在の「わたし」はようやくその正体が何だったのか悟っている。

 この小説は叙述トリックを用いて書かれていて、そのトリックが大テーマである性的マイノリティ問題と直に繋がっている。素朴で叙情的な文章と、用意周到な構成、LGBTな主題という食い合わせの悪そうな要素で一篇を組み上げた力量は高い。ただ種が明かされた後に再読すると、周到さが明らかになると同時に不自然さも浮上してしまう。

 批評家を引退した佐々木敦を編集長に文学ムック『ことばと』(書肆侃侃房)が創刊された。批評を一篇も収めなかったあたりに決意と戦略を感じる。

新潮社 週刊新潮
2020年6月18日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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