インタビュー 姜尚中「朝鮮半島と日本の未来」 愛憎を超えて、大海原へ漕ぎ出す

インタビュー

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朝鮮半島と日本の未来

『朝鮮半島と日本の未来』

著者
姜, 尚中, 1950-
出版社
集英社
ISBN
9784087211221
価格
946円(税込)

書籍情報:openBD

インタビュー 姜尚中「朝鮮半島と日本の未来」 愛憎を超えて、大海原へ漕ぎ出す

[文] 増子信一(編集者)

愛憎を超えて、大海原へ漕ぎ出す

姜尚中
姜尚中

一九五〇年六月二十五日早朝、北朝鮮の朝鮮人民軍は、北緯三十八度線を越えて韓国領内に侵攻した─「冷戦下の米ソ対立の最前線となった朝鮮半島における準国際戦争」である朝鮮戦争の勃発である。その後戦争は約三年間続き、五三年七月二十七日に休戦協定が交わされるが、現在もなお終戦には至っていない。
戦争勃発のおよそ一カ月半後に生を享う けた姜尚中さんは、今年、七十歳。現在、朝鮮半島をめぐる情勢は不安定であり、先行きも不透明である。また、一時期親密になったかに思えた日韓関係も近年は冷え切ったままである。姜さんはこの「戦後最悪の日韓関係」は朝鮮半島分断体制の「終わりの始まり」という大きな流れの中で起きているものだと捉えている。
姜さんの新刊『朝鮮半島と日本の未来』(集英社新書)は、この七十年の朝鮮半島の歴史を検証しつつ、「朝鮮半島で続いてきた分断体制の終わりの始まりが戦後日本に問いかけるものは何か、さらにこの北東アジアの地域秩序が今後どのように変化していくのか。
朝鮮半島と日本の双方が葛藤を乗り越え、平和と繁栄の内に共存する」未来図を示したもの。
『日朝関係の克服│なぜ国交正常化交渉が必要なのか』(集英社新書、二〇〇三年)以来、一貫してこの問題に取り組んできた姜さんにお話を伺った。

姜尚中
姜尚中

事実に即して歴史の経緯をたどる

─ 「序章」において、「現在の日韓の抱える問題は、日本と韓国という二国間関係だけを見ていては、その根本にある要因を見過ごしてしまいかねない。……一見、変化も進展もないような事象であっても、北東アジアを取り巻く世界情勢の変化や歴史の流れを踏まえれば、見えてくる景色は大きく変わってくるはずだ」と書かれています。

 古代から長い交流の歴史があり、隣国同士である日韓の関係が、現在、なぜこれほどまでにシリアスになってしまったのか。その原因を探るときに、たとえば、徴用工であるとか慰安婦であるとか、あるいは韓国海軍の駆逐艦による海上自衛隊の哨戒機へのレーダー照射であるとか、そのときどきの問題がランダムにはあるのですが、それを個別に取り上げて議論をしてしまうと、大きな構造的な変化を取り逃がしてしまうおそれがあります。 朝鮮戦争が起きてから七十年、冷戦体制が崩壊してからもかれこれ三十年が過ぎているわけですね。それだけの時間が経過しているにもかかわらず、依然として朝鮮半島は分断されたままです。まず、その原因はどこにあるのかを考えていかなければいけない。
 そこで何よりも必要なのは、東西冷戦の最前線に立たされた朝鮮半島が、分断されてから今日に至るまでどのような経緯をたどってきたのかを事実に即して見ていくことだと思います。
 まず第一章では、金日成(キムイルソン)が亡くなった一九九四年を起点に、国家崩壊の危機にさらされながらも北朝鮮が核開発を進めてきたこれまでの道のりを見直しています。無論、私は専門家ではないし、何か特別な資料が発見されたわけでもないのですが、問題提起として、北朝鮮はなぜ崩壊せずに今日まで存続してきたのかを、時系列的にたどってみました。
 続く第二章では、冷戦崩壊以降の三十年、北と南は前進と停滞の連続ではありましたが、着実に融和への歩みを進めてきたことを確認しています。同時に、この南北融和の経緯において、残念ながら日本は完全に脇に追いやられていることも指摘してあります。
 そして第三章では、一九六五年の「日韓基本条約」締結以後の日韓間対立の問題点を一つ一つ取り上げています。これは日韓どちらの側から見るかによってその見え方が違ってくるのですが、ぼくとしては精一杯ニュートラルな立場で書いたつもりです。
 たとえば、日韓基本条約の第二条「千九百十年八月二十二日以前に大日本帝国と大韓帝国との間で締結されたすべての条約及び協定は、もはや無効であることが確認される」の中の「もはや無効」という文言に関して日韓の解釈が違っています。日本が、一九一〇年に締結された韓国併合条約はあくまでも合法としているのに対して、韓国はこの条約は「締結段階から不法」という立場を取っています。つまり、韓国が主張するのは、双方合意の「併合」ではなく、日本による「強制占拠」である、と。
 強制占拠というのは、第二次世界大戦時にドイツに敗北したフランスに成立した親ナチス・ドイツのヴィシー政権の状況を考えればわかりやすいかと思います。つまり、あの時点でフランスはドイツの植民地になったのではなく、強制占拠されたうえで成立したのがヴィシー政権だということです。韓国が主張するのもこれと同じ理屈です。
 一九〇五年の第二次日韓協約(乙巳(ウルサ)条約)によって、当時の大韓帝国は外交権を奪われているので、その時点で国家の体(てい)をなしてない。国家の体をなしてない国と対等な条約を結ぶこと自体がおかしいのであって、「日本が力を背景に韓国の主権を踏みにじって結ばれたもの」という認識なわけです。この両者の主張の違いは平行線をたどったままです。
 ぼくは日韓基本条約を遵守することは大切なことだとは思っていますが、この第二条については既に歴史的にその意味が失効していますから、この点について、日本側が譲歩してもよいのではないかと思っています。一方の韓国側も、今後一切、過去の問題に関しては、慰安婦の問題であれ徴用工の問題であれ、韓国の内部ですべて処理する、よって日韓の係争事項になることはない、といったことをいってもよいのではないか、とも思います。
 現状では、歴史と安全保障と、それに経済の三つの領域がごちゃまぜになっていて日韓関係は出口の見えない状況になっていますが、いずれにしても、日本の現政権が現状維持(ステータスクオ)にとどまっている限りは、韓国との対立は解けないのではないかと思います。

六者協議の枠組みは活かすべき

─ 第四章のタイトルは「コリアン・エンドゲームの始まり」ですが、このタイトルにはどのような意味が込められているのでしょうか。

「コリアン・エンドゲーム」というのは、米国随一の朝鮮半島問題の専門家の一人であったセリグ・S・ハリソンの著書名から取ったものです。ハリソンの本は、「終わらない戦争」(朝鮮戦争)を終わらせて、朝鮮半島に新たな平和と秩序を形成すべく、その道筋を提言した名著です。「エンドゲーム」とは、戦争や対立が終息に向かう最終段階にあることを示すものですから、ここではその展望を見据えてみました。
 そして終章では、日本と韓国・北朝鮮とのあいだに山積する難問をどのように解決し、いかに希望に満ちた未来をつくっていけるかの見取り図を描いています。たとえば、いまは中断されていますが、やはり(南北米中露による、北朝鮮の核問題を解決するための)六者協議の枠組みは活かすべきだと思っています。この六者協議において、これまで日本の役割はいまひとつ不鮮明でしたが、今後の北東アジアの安全保障を考えた場合、日本の役割は極めて重要になってくると思います。
 たとえば、日本が議長国になって、協議を北京だけではなく、東京でも開くようにする。そうすれば、日朝の直接交渉を行うチャンスもできるだろうし、中国の覇権的な拡大を多国間の安全保障の枠組みの中に封じ込められるし、同時に米中の対立を牽制できる。そういう枠組みをつくることで、日本の安全保障を日米安保だけに委ねる「一本足打法」から、北東アジアの多国間の安全保障の枠組みにも軸足を置く「二本足打法」へ移行していくことができるはずです。
 北東アジアの安全保障が確保されることは日本だけでなく韓国にとっても利益のあることですから、これを突破口として、朝鮮半島問題のソフトランディングにつながっていく可能性も出てくる。

─ そうした未来をつくっていくためには、日本も韓国もお互いけなし合っている場合ではないと? 

 本当にそうです。以前、アメリカは北朝鮮の寧辺(ニヨンビヨン)核施設を爆破するというシミュレーションを行ったことがあり、それによると、アメリカの爆撃が成功したとしても、北朝鮮の報復によってアメリカ及び周辺の韓国・日本などの死者は百万人以上、損害総額は一兆ドルに上ると想定されています。つまり、万が一米朝間で戦争が起きれば、日本も韓国もただでは済まない。そういう最悪のシナリオを考えてみても、日韓がなぜここまでやり合わなければいけないのかがどうしても理解できない。この現状を変えることで、経済的にも双方の利益につながるような道を模索していくべきだと思います。

イメージや印象論ではなく、ファクトが大事

─ 前掲の目次を見てもわかりますが、今回の本は、各章いずれもこれまでの事実経過を細かくたどり、巻末には、朝鮮半島と日本をめぐる詳細な資料が付されて、「事実」に重きが置かれていることが特徴ですね。

 そうなんです。感情的な言葉を投げ合っているときこそ“ファクト”をしっかり踏まえることが大事なんですね。何年か前、大学生に、「君たちの中で北朝鮮の都市を五つ以上知っている人はいるか。また、北朝鮮の人物で五人以上知っている人はいるか」と訊いたのですが、答えられる人はほとんどいませんでした。人物であれば、金日成は知らなくて、金正日(キムジヨンイル)、金正恩(キムジヨンウン)は知っているけど、それ以外の人は知らない。そのくせ、北朝鮮というのは悪い国だというイメージだけは共通して持っている。
 みんな、ファクトを知らずしてイメージや印象論で語られることが多いんですね。今回、ぼくもクロノロジカルに事実を追っていくことで改めて気づいたことがありました。
 たとえば、一九八〇年代半ばまでの北朝鮮は非核化にかなり前向きだったわけです。それが、一九八七年の韓国の民主化で選出された盧泰愚(ノテウ)大統領の積極外交によって、ソ連・中国が韓国と国交を結んだことで局面が変わります。これによって、ソ連の核の傘の下での安全保障が脅かされ、さらには東欧各国の相次ぐ民主化によって、北朝鮮は追い詰められていく。危機感を強めた北朝鮮は、体制存続のために核開発へ乗り出していく。それでもIAEA(国際原子力機関)をはじめ北朝鮮の非核化に向けて粘り強く交渉を続けていたのですが、いまから思うと、やはり九・一一が決定的でしたね。

姜尚中
姜尚中

─ クリントン政権下の一九九四年には、カーター元米大統領が訪朝しています。

 あれで北朝鮮はNPT(核兵器不拡散条約)に辛うじて踏みとどまり、非核化への試みが再開したわけですね。さらに、二〇〇〇年十月には趙明禄(チヨミヨンロク)国防委員会第一副委員長がワシントンを訪れ、米朝共同声明を発表、続いてオルブライト国務長官が訪朝するなど、クリントン政権下では、平和協定による米朝の国交正常化が大きく前進したかに見えたのですが、二〇〇一年の(ジョージ・W・)ブッシュ政権の誕生と同時多発テロによって、強硬路線へと転じてしまう。
 その後アメリカはアフガン戦争へと突入していくわけですね。余談ですが、つい先日(二月二十八日)トランプ大統領がタリバンとの和平合意に署名する意向を表明したというので驚きました。トランプ大統領に対する評価はまちまちでしょうけれど、いずれにしても、北朝鮮問題において、今後の最大の不安定要因はアメリカ大統領選挙であることは間違いないと思います。逆にいえば、その結果が出るまでは、北朝鮮も大きな動きには出られないということですね。

─ 本の中に「朝鮮半島の『長い二〇世紀』」というフレーズが出てきますが、ドイツ、ベトナムの二つの分断国家は二〇世紀のうちに統一を果たしたにもかかわらず、朝鮮半島だけが今世紀まで持ち越されています。

 この唯一残された分断国家がこのまま半永久的に続くのかというと、さすがにもう続かないと思います。続かないとするならば、どういう手を打つべきなのか。その際、軍事的な手段で問題を解決しようというのは非現実的ですね。とはいえ、急速な変化はさまざまな軋轢(あつれき)を引き起こすだろうから、それこそ、ベトナム方式とも違う、ドイツ方式とも違う第三の道を、今後三十年ぐらいかけて考えていかなければいけないのではないかと思います。
 その際、重要なのは韓国の統治構造だと思います。本にも書きましたが、韓国の宿痾(しゆくあ)ともいうべき「南南葛藤」(韓国の南東部と南西部の対立)という地域間の対立が統一へ向けての大きな阻害要因となっていると思っています。たとえば、北朝鮮との統一や安全保障にかかわる基本的なポリシーは、与党であれ野党であれあまり変わらないのに、南北関係の改革が進もうとするたびに、南南葛藤が激化して、南北融和の動きを逆戻りさせてしまう。これをどうにかしないといけないんですね。
 金大中(キムデジユン)氏の自伝を読むと、そうした南南葛藤がある以上、大統領制には限界があると考えていたようですね。そうした問題を踏まえ、長年掛けて練り上げたのが「三段階統一論」なんですね。つまり、第一段階では、国連で韓国と北朝鮮が一つずつ席を持ちつつ、緩やかな「国家連合」の形態を取る。第二段階では、一つの国家の中に二つの政府がある「連邦制」に移行し、そして最後に「統一国家」に至る─そういう構想です。

先人たちのリアリズムを学ぶべき

 今度の本を書くのに、旧西ドイツの外相で、東西統一後も外相として力を発揮したハンス゠ディートリヒ・ゲンシャーの考えが大いに参考になりました。ゲンシャーはまずシュミット内閣のときに外相に就任し、コール政権においては、ゴルバチョフが唱えたペレストロイカ政策を支持し、冷戦終結に導いた政治家です。かつてゲンシャーさんが来日した機会にお会いしたことがあるのですが、そのときにぼくにいってくれたことがいまでも印象に残っています。
「私は、戦前にヒトラー・ユーゲントの一員だった。戦後は東ドイツ自由民主党(LDPD)に参加し、その後西ドイツに亡命して政治家になったが、そのころは朝起きると、いつもお祈りをしていた」というんです。「どんなお祈りですか」と訊くと、「東ドイツがなくなってほしいと。でも、東ドイツはある。だから、あるものをないというのは文学であって、ある以上は交渉するのが政治だ」と。
 拉致問題で、北朝鮮と外交の「が」の字もはじき出されるような大変な状況にあったときに、この言葉を思い出しました。

─ 政治のリアリズム。

 ええ。そのリアリズムがわかっていない人が結構いるんですね。韓国は弱小国家で日本の植民地主義の被害者であって、ドイツとは違うんだ、と。しかし、朝鮮半島に統一国家ができれば、中国、日本も含む北東アジアの安全保障が大きく前進することは間違いない。そのためには、いろいろな国々に働きかけて、なんとかその方向を模索しなくてはいけないんですね。金大中氏は、「我が国は一同盟四親善体制だ」といっていました。つまり、アメリカと同盟関係を結び、日本、ロシア、中国、そして北朝鮮と親善関係を結ばなければいけない、と。
 ところが、いまの文在寅(ムンジエイン)政権の中には、いい意味でも悪い意味でも日韓の過去の関係を知らない世代がいて、彼らはストレートにナショナリズムを押し出してしまう。しかし、ナショナリズムを超えたときに初めて統一国家への道が開けるわけですね。ナショナリズムで押し切ろうとする限りは、統一は遠ざかってしまう。そのためには、やはり愛憎を超えてしっかりと交渉をしていかなければいけない。その意味でもゲンシャーさんの言葉は大事に思えます。

─ 「対外政策の目的は相対的かつ条件的である。それは、相手側の死活的利益を傷つけないで自国の死活的利益をまもるために、必要な限り相手側の意思を曲げる─打ち砕くのではない─ということである」という政治学者のハンス・モーゲンソー(『国際政治』)の言葉も引かれています。

 昔、モーゲンソーの本を読んだときに、こんなリアリストがいるんだと驚きましたが、同時に、リアリストだからこそアイデアリスト(理想主義者)にもなるのだと思いました。それに引き換え、いまの日韓の外交を見ていると、どちらも内側の拍手喝采を得るためなら、相手側をどんなに叩いてもいいという感じで、これはもう外交ではないですね。
 要は、朝鮮半島も含む北東アジア地域の、ピースキーピングではなく、ピースメーキングをしないといけないわけですね。ぼくは幸運なことに、金大中さんという太陽政策(北朝鮮に対する北風のような対決姿勢ではなく太陽のような融和的な対応)を立案・企画した人と知り合うことができましたから、金大中氏の遺志を受け継ぐためにもこういうものを書いてみようというのが一つの動機になっています。
 ここまでくるのに時間がかかりましたけど、結局、日本も韓国も北朝鮮も同じ船にみんな乗っているわけですから、このまま泥船になって沈むのではなく、もっとしっかりとした船をつくって大海原にゆったりと漕ぎ出していけるといいと思っています。そうした方向に向かうためにも、今度の本が多くの人たちに読んでもらえたらうれしいですね。

姜尚中
カン・サンジュン
1950年熊本県生まれ。東京大学名誉教授。鎮西学院学院長。熊本県立劇場理事長兼館長。専攻は政治学・政治思想史。著書に、100万部超のベストセラー『悩む力』と『続・悩む力』のほか、『マックス・ウェーバーと近代』『在日』『姜尚中の政治学入門』『心の力』『悪の力』『漱石のことば』『維新の影 近代日本一五〇年、思索の旅』等多数。小説作品に『母─オモニ─』『心』がある。

聞き手・構成=増子信一/撮影=熊谷 貫

青春と読書
2020年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

集英社

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