『心霊探偵八雲』シリーズ完結記念! 京極夏彦・神永学対談 小説とはすべて怪しく異なものである

対談・鼎談

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心霊探偵八雲 COMPLETE FILES

『心霊探偵八雲 COMPLETE FILES』

著者
神永 学 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784041094129
発売日
2020/06/25
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『心霊探偵八雲』シリーズ完結記念! 京極夏彦・神永学対談 小説とはすべて怪しく異なものである

[文] カドブン

大人気シリーズの完結巻となる『心霊探偵八雲12 魂の深淵』刊行を記念して、
神永さんがファンと公言する憧れの存在・京極夏彦さんとの対談が実現しました。
八雲12巻と同時発売となるファンブック『心霊探偵八雲 COMPLETE FILES』より、一部抜粋してお届けします!

■求められる限りは続けていきたい

京極:ファンの皆さんにとって十一巻の刊行から十二巻発売までの一年は長かったでしょうね。十一巻がああいう終わり方をするとは思わなかったでしょうから。事件は全然解決していないし、晴香は大変なことになっているし。一瞬「後半落丁か」と思いましたよ。

神永:(笑)。一度やってみたかったんです。二冊を上下巻で同時に出すことも考えたんですが、少し間を空けた方が楽しんでもらえるかと。

京極:発売前のテキストを読ませていただいたので、僕はやっと心が落ち着きましたけど、世間にはまだ待っている方がたくさんいるわけですよね。なんと残酷な(笑)。

神永:「心霊探偵八雲」だからできた冒険でしたね。実験をしても読者が付いてきてくれるという信頼感があるんです。

京極:十二巻についてはネタバレにならないように気を遣って話しますが、気になるのはこれで「八雲」はおしまいなのか、ということなんですが。

神永:そうですね、すぐにではないですが、何らかの形で書き継いでいけたらいいなと思います。八雲や晴香の物語を、書かなくなることはありません。

京極:それを聞いて安心しました。読者のためにどんどん続きを書いてください。僕は一巻みたいなオムニバス短編集もまた読んでみたい。

神永:今後の展開については、すでにいくつかアイデアがあるんです。まあ、いくら書きたいと言っても、出版社が書かせてくれなければそれまでなんですが(笑)。

京極:この十二巻をたくさん買っていただけると、案外すぐに復活するかもしれない。どんなに心の籠もったファンレターも、販売数の説得力には敵わないですからねえ。心配は要らないと思いますが(笑)。

神永:自分一人だけのシリーズではないと思っていますし、求められる限りは続けていきたいです。

『心霊探偵八雲』シリーズ完結記念! 京極夏彦・神永学対談 小説とはすべて怪...
『心霊探偵八雲』シリーズ完結記念! 京極夏彦・神永学対談 小説とはすべて怪…

■初めてのミステリであえてやってみた禁じ手

京極:「八雲」の一巻目は神永さんのデビュー作ですよね。自費出版された作品を、改稿したものと伺っています。

『心霊探偵八雲1 赤い瞳は知っている』(角川文庫)
『心霊探偵八雲1 赤い瞳は知っている』(角川文庫)

神永:はい。自費出版した『赤い隻眼』は、初めてミステリに挑戦した作品でした。幽霊を登場させたのは、普通のミステリを書く自信がなかったから。先行する作家さんには逆立ちしても敵いませんし、あえて禁じ手をやってみようと。原稿は新人賞に応募したんですが、一次選考も通りませんでした。

京極:それはどこの新人賞だろう。下読みの方には猛省をうながしたい。それまでも小説はお書きになっていたんですか。

神永:趣味として書いていました。ラブストーリーが多かった気がします。

京極:それは分かる気がしますね。「八雲」も全十二巻にわたる大河ラブストーリーとして読むこともできます。ミステリの体裁は取られているけど、その底を流れているのは群像心理劇ですよね。しかも意図的にキャラクター同士をくっつけるような恋愛ゲームじゃなく、イヴェントを重ねることでごく自然に関係性が醸成されていくスタイル。僕の周りには「ミステリの塊」みたいな人がうようよいるんですが(笑)、ミステリの場合、作品を成立させるために人間の感情も「駒」として使用するケースが多いわけです。もちろんそれは悪いことじゃないんですが、「八雲」のタイプは明らかに違いますね。

『心霊探偵八雲』シリーズ完結記念! 京極夏彦・神永学対談 小説とはすべて怪...
『心霊探偵八雲』シリーズ完結記念! 京極夏彦・神永学対談 小説とはすべて怪…

神永:人間関係の中で八雲をはじめとする各キャラクターがどう変化していくか、ということに主眼を置いています。

京極:八雲と晴香なんて、つかず離れずの状態がずっと続くわけでしょう。『めぞん一刻』なみに(笑)。気の短い作者だったら三巻でくっつけちゃいますよ。

神永:僕も書いていて「早くしろよ」と思わないではないんですが(笑)、ファンは微妙な距離感を楽しんでくれているようです。主人公に人気があると、ヒロイン役が反感を買うこともありますが、晴香に関してはそういう声も少なくて。

京極:でしょうね。それにしたって晴香、わずか二年半の間に何回危機に陥っているんだよ、という疑問はあるんですが(笑)、心情に重きが置かれているから気にならない。

神永:確かに誘拐されすぎですよね。

■いつまで経っても読者目線が抜けない

京極:神永さんはキャラクターに対して優しいですね。僕なんかはキャラクターは小説の部材に過ぎないと見限っているので、思い入れはまったくないんですね。死んでもまったく心が痛まない。神永さんはご自分のキャラクターがお好きでしょう。

神永:最初はそうでもなかったんですが、長年書いているうちに愛着が湧いてきました。

京極:後藤があんな温かい家庭を手に入れるなんて夢にも思わなかったし、すべてのキャラクターの面倒をちゃんと見てあげているのが、「八雲」シリーズの人気の秘密なんだろうなと。僕にはとても真似ができません。

神永:京極先生の描かれるキャラクターは、本の中で生きているように感じます。

京極:幸せになっている人はあまりいませんけどね。大抵死んじゃうし。

神永:僕がこれまで読んできた中でもっとも好きな小説のラストは、『嗤う伊右衛門』なんです。確かに伊右衛門も死んでいますが(笑)、あの死があるからこそ美しさが際立つ。

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『心霊探偵八雲』シリーズ完結記念! 京極夏彦・神永学対談 小説とはすべて怪…

京極:『嗤う伊右衛門』はほぼ全滅ですね。同じシリーズの『覘き小平次』も『数えずの井戸』も全滅。考えてみれば僕はなんてひどい作者なんだ(笑)。「八雲」シリーズはどんなに切迫した状況でも、定番の台詞や掛け合いが必ず入るのもいいですよね。後藤をクマ呼ばわりするとか、石井が「石井雄太郎であります」と名乗るとか。あれはファンにはたまらない。滑らないタイミングでお約束を盛り込むのは結構大変なんだけどね。

神永:ウケを狙って入れているというよりは、会話の流れで出てくる感じです。このキャラクターならこう言うだろうな、という台詞なんです。

京極:僕の何割かは時代劇でできているんですが、似たところがありますね。定番の台詞や掛け合いが基調にあるから、読んでいて安心できる。

神永:「待ってました!」と声を掛けたくなるお約束の展開。落語や講談にもある、日本人の好きなパターンです。

京極:それと優しいといえば、神永さんは読者に対しても優しい。世の中には読者に喧嘩をふっかけるような尖った作風の小説もありますが、神永さんの作品はそういう世界と対極にある。物語を平易に見せていくのがとてもお上手なんです。

神永:以前とある書店員さんから「君はいつまで経っても読者目線が抜けないね」と言われたことがあるんですが、僕は褒め言葉だと思ったんです。鋭い作家目線で書かれる人たちがいる一方で、読者と同じ目線で書いていく作家がいてもいいのかなと。

京極:僕もユーザーフレンドリーでありたいと常に肝に命じているんですが、ただ職人的に作っていくことしかできないので、読者のことを考えれば考えるほどテクニカルな部分で四苦八苦することになるんですね。神永さんのように優しくはないと思う。

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神永:京極先生ほど難しいことを分かりやすく伝えてくれる人はいないと思いますが。

京極:大沢在昌さんに「難しいことは簡単に書けるのに、簡単なことはどうしてこんなに小難しく書くんだ」って言われて、そうかあと思いました。出力のレベルが同じになってしまうんですね。

神永:それは分かる気がします(笑)。

■小説とは読者が完成させるもの

京極:どんな理由があったにせよ、ミステリに幽霊を出すのは結構な冒険ですよね。今でこそ特殊設定ミステリと呼ばれる作品がたくさん書かれていますが、十五、六年前はまだ「ミステリで幽霊かよ」という雰囲気があったと思います。皆無ではないにしろ、あまり先例が思いつかない。

神永:それで当時はかなり批判されました。「ノックスの十戒」(作家・ロナルド=ノックスが提唱したミステリ小説のルール)を破るなんてけしからん、とか。

京極:八雲は死者の魂が見えるし、たまに声も聞こえるけど、お祓いのようなことはできない。その部分の設定がしっかり作られているから、枠からはみ出すものはトリック、内側にあるものは心霊現象だと判断できる。心霊系の特殊設定ミステリとして、とてもよく練られています。

話題はお二人の小説論・創作論に突入し、更に白熱!
対談の続き、八雲12巻の「その後」を描いた書き下ろし短編を収録した『心霊探偵八雲 COMPLETE FILES』は、こちらから。

撮影:ホンゴユウジ 構成:朝宮運河

KADOKAWA カドブン
2020年6月24日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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